覚醒月

別れと始まり

 ”目に涙を浮かべてはならない。死を恐れてはならない。ただ真っすぐを見つめて目を逸らしてはならない。”

 海鳥に乗る者たちに叩き込まれたこの言葉の通り、赤い月を迎えるこの日も何も変わらない、というような素振りで皆過ごしている。それでも何処かぎこちなさがあった。このもやもやを夜までに無くせるか、といわれたらきっと不可能だ。我々が海鳥候補生時代のころから現在に至るまでの約1年間。その間に仲間意識がみな芽生えてしまった。皆この船に戦争をするために乗ったというのに。

 友達だったものと敵同士になったものがいる。家族だったものと思想が違うとわかってしまったものがいる。尊敬したものに裏切られると悟ったものがいる。それなのにこの日の出ている時間の内だけは知らない顔をして過ごす。明日も同じように過ごせる、といわんばかりの顔で、いつもと変わらない日常をいつもより丁寧に過ごしていく。それなのに時間がたつのが早くて少しだけ焦ってしまう。そんな思いで溢れている。

 美海も午前中だけ顔を出しに来た。この船の上で一番無知で無垢で美しい人。何も知らないまま15日間を過ごした人。このままずっと何も知らないままでいてほしかったけれども、きっと美海はこれから恐ろしい目にあってしまうだろう。彼女は我々月華人に愛されてしまったから。

 でも、心配はいらない。どんなに怖い思いをしても、絶対にその身と心を守って見せるから。だから、どうか俺に気が付かないまま、すべて流れに任せて、ただ真っすぐを見つめ続けてほしい。

 船員たちの仕事が終わり、談話室に戻る頃には、空が少しずつ橙色になっていた。何となく、会話をせず、何となくそのままでいると、船長が笑って、

「そろそろ、部屋に行こうか。明日、みんながどんな風になってるか、楽しみにしているよ。」

といって、それぞれ部屋に帰るように促した。談話室を出たら、本当にお別れをしてしまったような気持ちになった。隣にいる人、前にいる人、後ろにいる人。みんな、敵になってしまったような感覚が苦しい。

 そんなことを考えているうちについに夜が来た。

 船員は皆部屋にいるというのに、唸り声がこだました。まるで猛獣が入った檻の隣にいるような恐ろしさを感じる。家具が倒れる音、窓が割れる音。それを気にする暇がなくなるくらいの強い痛み。

 ああ、痛い。体が熱い。目から涙が出るたびに火を噴きだすんじゃないかと錯覚するような痛さが襲う。

 自分はきっと誰よりも月の影響を強く受けているのだろう。みんなも同じように苦しんでいると思うが、自分のほうが大分ひどい自信がある。

 くだらないことを考えているとまた激しい痛みが襲ってくる。叫ぼうが、泣こうが変わりなく痛い。辛い。苦しい。


…ぁ。

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