秘密と罪

 ブラッドガイ家はもともとサイール王族の血筋があり、そのため俺は幼少のころから高い教養を身に着けていた。貴族として、人の上に立つものとして様々なことを教わったが、ある日を境にそれが意味のないものとなってしまった。それは待宵月がきれいに出ている日のことだった。天体観測をしようとしたときにに母親が温かい紅茶を淹れてくれたのだが、その紅茶に黄金の”月の雫”が入ってしまったようで、それに気が付かないまま飲み干してしまったために月華人になってしまったのだった。

 月の雫、それは月に選ばれたものだけが手にする甘い蜜のようなもので、これを摂取したり体に付着すると月華の力が宿ってしまい、選ばれた月が空に浮かぶたびに月華の力が強く出て抑えるために体調不良になったり、暴走しだしてしまうというめんどくさい代物だ。そんなものをすべて飲み干してしまったために俺の月華の力は非常に強いものとなってしまった。人間の血を摂取することで様々な力を手に入れることができる能力だが、その反動で力が暴走してしまうのため、一族からは恐れられ、嫌われた。そしてそのまま俺は追い出されるように名門マリンスノウに入れられたのだった。

 名門マリンスノウとは8年制の学校で12歳の、それこそ月華人や各国の優秀な者たちが集まる場所だった。ここに入った時に初めて自分以外の月華人と出会うこととなった。だがそれでも自分の様に月の雫のすべてを吸収してしまったものはいなくて、毎月のこの苦しみをなかなか分かち合えないままだった。そんなときに出会ったのが2年先輩のトラップだった。

 トラップと俺は似たような境遇を過ごしてきた初めて出会えた仲間だった。トラップも俺と同じようにすべての月の雫を吸収してしまったために自分の月が来れば誰よりも苦しむし、自己を抑えきれなくなってしまう。それで周りに迷惑をかけて苦しい思いをして育ったのだ。それが何となく、うれしかった。独りぼっちでもう苦しまなくていいと思ったから。だけども成長するにつれてどんどんこの国の闇が垣間見えてきて辛かった。

 トラップがマリンスノウを卒業してからも文通をして交流をしていたが、トラップから海鳥に乗る、という知らせを最後に連絡がつかなくなった。海鳥のことは知っていたが今まで乗ろうと思ったことがなかった。将来どうせ家にも戻ることはできないし、きっと孤独のまま一生過ごすことになる。そもそも船に乗ったところできっと死んでしまうだろう。でもそこに友達がいるなら、俺も同じ船に乗りたい、そう思って学校経由で海鳥候補生を申し込んだ。それが現在に至る経緯だった。

 海鳥候補生になって久しぶりに会う親友は少し更けてて思わず笑ってしまった。それでも候補生の中でもずっと優秀な人だった。相変わらず月の影響を大きく受けてしまう俺達二人だったけれどもそれでも二人で抑えあって乗り越えていく日々は苦痛じゃなかった。だけどもある時気が付いてしまった。と、いうか思い出してしまった。海鳥はサイール国側の船だ。しかも今は戦争のための軍事施設として使われようとしているもの。さらにはその相手はザハール国。それはトラップの出身国だった。トラップは自分の国を亡ぼすためにサイールの船に乗るのか?そんなわけない。だってトラップはザハール国の元王族の血筋を持っていたはず。それなのに、敵対するわけがない。学校でも国民を救いたいとあんなに嘆いていたのに。

 そこではっとした。ずっと支えあってきた親友は、サイールを裏切るつもりでこの船に乗ったんだ。そう気づいてしまった。でも、このことは誰にも言わないと胸の奥にしまった。だってこのことを公の場に出してトラップが死刑とかそういうのになるのは嫌だったから。それに、親友としてトラップと一緒に居たいと思ってしまったから。だから俺はこの船に隠し事と罪を背負って乗っている。


 寝苦しい夜を過ごした。いやな汗をかいていて気持ち悪い。朝が来てしまった絶望感とこれから始まるであろう戦を思うと心が痛い。誰も殺したくない。どうかみんなにひどいことをしないでほしい。己に宿った月華の力に訴えたところで、覚醒月によって暴走してしまうのだろう。どうあがいても無駄だ。だから、いろんなもやもやも、今この部屋の中ですべて消化して、いつも通りの朝を迎えよう。そして、そして。

 

 善意を捨てて狂ってしまおう。



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