親友と始まり

 船長に覚醒月のことを伝えられたのは五時ごろのことだった。船員たちに何となく緊張が走っている。落ち着かない。この感覚を昔は好んだものだった。

 船長は美海を安全な部屋へ移動させたと言っていた。今美海の部屋にいっても誰もいないらしい。それはなんてつまらないことだろう。まぁ、仕方ないか。

 そんなことを考えていると後ろから声をかけられた。相手はトラップだった。

「ゼロ、ついに明日だな。覚醒出来たら目が見えるようになればいいが…。」

「まぁ、覚醒は望みを裏切るからね。あんま期待しないでおこうぜ。」

何となくトラップと話していると海鳥候補生として国で過ごしていた日々を思い出す。いやな気はしない。むしろ安心感がある。

「ゼロ、お前何か企んでないか?」

そういわれて少しだけドキッとした。

「そっちこそ、何か明日仕掛けるんでしょ?」

そう言い返すとトラップは少し寂しそうに笑った。

 トラップとは作戦を何一つ共有していない。それはトラップが何も企んでいない、ということではなく、俺と違う作戦を持っている、ということになる。だから、つまり。俺とトラップはたぶん、敵同士になる。そういうことだ。

 トラップも俺もきっとこう言いたかったとおもう。俺の国に来ないかって。こっちに来てくれれば戦うにしても、お互い殺しあう必要はないのだから。でも、そんなことはできない。だってトラップは…。

「ずっとこのままでいられたらなぁ。」

思わず口から出た言葉。本当に駄目だな。

「今日くらい、いいんじゃないか?」

そういわれて少しだけ泣きそうになってしまった自分が憎い。

 この空に浮かぶほとんど丸くなったこの月。待宵月。このままずっと不完全な月のままなら、ずっと、覚醒が起きなければ。まだ自分に理性が残り続けていれば。そうすればみんなとずっと、幸せに。

「トラップ。」

デッキに二人きり。涼しい風が吹く。トラップの鈍色の髪の毛が月明かりに照らされてキラキラしている。俺はトラップが好きだった。本当は、ずっと昔から。だから敵になんてなりたくなかった。でも、それはかなわないから。トラップの使命も、俺の使命もそう気軽に変えられるものではないから。なら、これくらいしか祈ってあげることはできない。

「俺に殺されないでね」





 体が重い。暑いし寒いしほんとにだるい。昨日皐月が月華の影響で倒れていたがこれは本当につらいものだ。こんなに辛いなら覚醒なんてしたくない。と言いたくなってしまう思いをぐっとこらえてこの夜を絶えることにした。

 温かい人の血が飲みたい。美海の血が飲みたい。それがあれば心が落ち着けるのに。この船の上には月華人の血しか置いてない。だから赤ワインでごまかすしかない。

 入口にはラーズが見張りについてくれた。そうしてくれて助かった。今誰か来てもきっとすぐに襲ってしまうから。

 狂いたくなんてないのにどうしても理性は俺を狂わせるから、いろんな感情を押し殺さなくてはいけない。このまま、狂い続けたら俺はどうなってしまうんだろう。ああ、考えたくない。

 俺は誰も殺したくない。誰も傷つけたくない。

 誰か、誰か

 俺を殺してくれ

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る