天才と秀才

 また日が暮れた。少しだけ体がだるい。それでも僕が月を見なくちゃ、船員に迷惑をかけてしまう。頭が痛い。目の奥も、耳の奥も痛い。こんなに月の影響を受けるのは初めてのこと。ふわふわする。痛い。辛い。痛い。苦しい。

 思わず座り込んでしまった。呼吸を整えなきゃ。どうやって息を吸えばいい?わからない。怖い。一人は嫌だ。さみしい。痛い。寒い。寒い?どうして?わからない。いかないで。ここに居て。誰に言ってるんだろう。わからない。わからない。


「たまには、頼ってくださいよ。」


 懐かしい声が聞こえた気がした



「おーい、おー-い。」

誰かに声をかけられて目を覚ますとそこは医務室だった。

「あれ、えっと。」

どうしてここに居るのかわからなくて混乱していると、また声をかけられた。

「ちょっと、勝手に混乱しないでよ。全くもー。今日、十三夜月でしょ?何仕事しようとしてんのさ。」

あきれた様子のラーズに軽いデコピンを食らった。

「あ、月。見に行かなきゃ。」

自分の体調よりもみんなを危険な目に合わせるのだけは避けたい。その思いで立ち上がろうとすると、ラーズに体を押さえつけられた。

「ほんっっと、もう…。あんた、まず誰にここまで連れてきてもらったか覚えてんの?」

「それは、しらない。」

そういうとラーズは大きなため息をついて僕を見た。

「ベータよ。あんたはベータに連れてこられたの。そして今あんたの仕事を代わりにやってるみたい。」

「なんでベータがそんなことを…。」

またラーズはため息をついた。

「さあね。とりあえず今は休みな。明日になったら理由でも聞きに行けばいいじゃない。」

 ベータは何で僕を助けてくれたんだろう。味方だから?気まぐれ?

「とにかく、今日はあたしが監視してるから。あんたは寝なさいね。わかった?」

これ以上ラーズに迷惑をかけるわけにはいかないのでおとなしく寝ることにした。



 目が覚めると副船長が挨拶よりも先にすまなかったと謝ってきた。

「昨日が皐月の月だったのに忘れてて、本当にすまなかった。」

いつも冷淡なジャックに深々と頭を下げられて思わず

「いえ、僕も、すみません。」

と言ってしまうと、ジャックはまた大きく頭を下げて謝ってきた。

「皐月、どうか、どうか無理だけはやめてくれ。頼む。」

こんなジャックを見るのは初めてのことで、どう返事すればいいのかわからず頷いて返事をするしかなかった。

 しばらくしてラーズも僕が起きたことに気が付いたようで

「あんた今日は大丈夫そう?」

と聞かれ頷いて見せると少し嬉しそうに頭を撫でてくれた。

 目の下に隈ができている。きっと僕が月の影響を受けた時にすぐに動けるよう、徹夜してくれいたのだろう。

「さ、ご飯食べて、早くみんなに顔を見せてやりな。」

 みんなに迷惑をかけてしまったのに、どうしてもこの優しさに身をゆだねたいと思ってしまう。もし、僕に家族がいたなら、風邪をひいてしまったときにこんな風に母親に介抱されていたのだろうか。そうだったなら、いいなぁ。



 いろんな人に心配されながらベータの仕事場に来た。ベータはいつも表情に何もかも出さないが、僕の顔を見た時に少しだけにこっとした気がする。

「もう、大丈夫そうですか?」

オイル臭いこの部屋にこもって機械のメンテナンスをするベータ。一見ひょろっとしているが僕の体を持ち上げるくらいには力がある。それに知能も僕より上だ。

「昨日は、ありがとう。助かったよ。」

「いえ。無事でよかったです。」

そういうと作業に戻ろうとしたので呼び止めた。

「ベータ。昨日の月、どう見えた?」

ぼくより正確なその目でどう見えていたのか聞くとベータは

「私には今日まで気が付きませんでした。…。読みは当たっていました。さすがです。」

そういうとベータは作業に戻った。

 本当に、明日。明日の夜に、覚醒月がやってくるんだ。それがわかると少しだけうれしいと思ってしまった。

 覚醒月には月華人に強い衝撃を与えるものだ。僕はずっと待っていたんだ。この月があれば、もしかしたら、


記憶が戻るかもしれないのだから。

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