十三夜月

歪みと淀み

 昨日の夜から何とも言えない違和感がずっとあった。大嵐が来る前兆かと思ったが、そういうわけではない。自分の月が近づいてきているから、ということも疑ったがまだ覚醒前なのにそこまで大きな変化がやってくるとは思えない。だが、何とも言えない嫌な予感ばかりがして落ち着かないままでいた。

 この何となくの感で船員たちをころころ動かしていいものか、と悩んでも仕方がない。こういう時は上の者に相談することが大切だ。そう思い副船長のジャックのもとに向かった。船長に伝えるのは本当にやばい時だけだから。

 

 この時間の海鳥内は結構暗い。それだけならまだましなのだが、船員の多くは元夜型だったため誰もいないと思って歩いていると誰かに遭遇して、結構驚くことがある。…この前、髪を下したジャックの姿を見て死ぬほど驚いたばかりだからかなり警戒して歩かなくては。

 そんなことを考えているうちに今回は無事にジャックの部屋にたどり着いた。船長室と反対の位置にあるジャックの部屋は他の部屋に比べて何とも言えない緊張感があった。ほかの者から遮断するような鉄の扉。防音設備が整っていて中の音が一切聞こえず、こちらからのノックの音は向こうへは届かない。僕らがまるで信用されていない、といったようにも受け取れる。それでも何回か行けば慣れるものである。

 ジャックの部屋のギミックは実は解かなくてもいい。といっても正面突破はできないし、がたいがいいと使えない。僕のような華奢な体をした者だけが使える隠し扉がある。それは部屋の近くにある通気口を通っていくルートだ。

 見た目は普通の通気口だが、穴を通れば膝をつけば普通に通れる道になっている。そしてその道の先に小さなベルが付いていて、それを二回鳴らしてやれば後はジャックが部屋の鍵を開けてくれる、という仕組みだ。

 いつも通りの手順でジャックを呼ぶと珍しく眠たそうな顔をしながら扉を開けてくれた。よくラーズに睡眠不足だと叱られているジャックだが、今日はもしかした久しぶりに眠れていたのかもしれない。そう思うと申し訳ない。

「皐月、どうしたんだ?もしかして嵐でも来るのか?」

いつもより気が抜けた声で聞いてくるため、少し笑いそうになってしまった。

「嵐というわけではないんだけど…。でも、何となく嫌な予感がするんだ。」

そういうとジャックは首を傾げた。

「嫌な予感?そんなもので俺は起こされたのか?」

申し訳ないと思いつつも頷いて見せるとジャックはうわぁ、といった反応を示した。

「なんだよ、悪い夢でも見たのか?添い寝してやればいいのか?」

そうジャックに言われ、イラっとしたが、これに関してはちゃんと言っておく必要がある。拗ねそうになるのを必死に抑えながらジャックを見つめる。

「…、結構まじめな話になりそうだな。」

ジャックの目が覚めてきたようだ。まともに会話できそうになってきた。

「僕の予感が正しければ、次の満月が、たぶん。」

そういうとジャックの目が少し見開いた。

「来るのか、あれが?」

「覚醒月が、やってくると、思う。」


 覚醒月、それは月華の力を持つ者にとって非常に大切なものである。生まれて最初の覚醒月にて、人間か月華人かがわかるようになり、それから”海鳥”に乗って迎える覚醒月によってその力を覚醒させる、月華人の成人儀礼のようなものである。

 なぜ海鳥に乗らないと覚醒できないのかはわからないが、月華の血を持ったものにとっては二回目の覚醒月を体験することに対して強いあこがれと誇りを持っており、船員の多くはこの覚醒を待ちわびている。過去の事象によれば、存在感を完全に消す力を持っていたものが透明人間の力を得た、薬剤の調剤にたけていたものが猛毒を作り出す力を得た、などと多種多様な変化を遂げることができる、らしい。

 そんな覚醒月は基本的に4,5年周期で巡ってくるため、今回の船出で覚醒月がやってくるのは2年後だと予想されていたのだが、まさか一回目の満月で出ることになるとは思っていなかった。なぜなら、まだ準備ができていないからだ。

 覚醒、というのは寝て起きたらなっているものではなく、その月が出ている間、月華人は常に興奮状態に陥る。その興奮状態は理性を飛ばし、欲望のままに暴れてしまうといった非常に危険なものだ。そして、月華の力が興奮状態により暴走しているときに、一番危惧しなくてはいけないのは人間との接触である。覚醒したばかりの月華人は力の制御ができず、純粋な人間に対して誤って攻撃してしまったり、使いたくない力を使ってしまうことがある。それを阻止するためにも我々は準備をしなくてはならなかった。


「今夜の月は十三夜月。ということは今日を含めて二日しか猶予がない、ということか。」

「うん。でも、これはまだ予感でしかないから、もしかしたら来ないかもしれない。だけどももし本当に来てしまったら、美海が危ないかもしれない。だから、どうしようって思って。」

そういうとジャックはたしかにな、と言って頭を抱えた。

「もし、覚醒月が来たらゼロは高確率で美海を襲いに行きそうだし、何なら最近黒白兄弟の様子もおかしい。いろいろ抑えるために、美海の守りを固めておこう。ほかの船員たちは抑えようがないだろうし。」

そういうとジャックは立ち上がり、早速動き出し始めた。

「船長には俺が伝えておく。皐月は申し訳ないが天候を見る時間を増やしておいてほしい。」

「うん、わかった。」

そういうとジャックはにこっとして

「教えてくれて、ありがとう」

と言って、僕より先に部屋から出て行ってしまった。


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