月と嘘
涙が収まったころ、デッキには船員が集まっていた。事情はブラックが話してくれたようで、僕はみんなに頭を撫でられていた。”力”を宿してしまったものにとって、僕のような嫌な思いをするのは当然のことだから、きっと同情されているのだろう。
船長がしょうがないねー、と僕の頭をポンポンしながら美海に向き合った。僕らは美海にこの船の、いや、裏の世界のことを何一つ教えてこなかった。禁書の赤い本も物語だと伝えて信じさせないようにしてきた。それは美海に無知で無垢な存在のまま船を降りてほしかったから。淀んだ思いを抱えた船員たちに染まらないまま、幸せそうな、顔をして。
「美海はホワイトのこと、怖くない?」
そう船長は美海に聞くとけがをしたのかと思って驚いたけど、怖くはなかったと言ってくれた。
「そっか。じゃあブラックのことは怖くない?」
船長はブラックを指さした。ブラックは少し悩んだ後、船長に対して頷いてから右足のズボンをまくった。そこにはブラックの髪のように黒い鱗が付いた足が出てきた。
美海はまた少し驚いたような顔をしたがそのあとブラックに近づきじっと見つめた。美海の表情が見えない位置にいるため、美海が今何を思っているかわからない。大丈夫だろうか、と思いブラックのほうを見るとブラックの顔が真っ赤になっていた。
「美海ちゃん、あの、そろそろ、ね、ね?」
そう言いながらまんざらでもないようでその場を動かない。もしかしたら美海に足を絶賛されたのかもしれない。
「美海はブラックのこと怖くないんだね。そっか。うんうん」
少し嬉しそうに船長は美海に話しかける。
僕ら兄弟はほかの人とは違い”力”が宿った部分が目で見える。だから船長は僕らで美海を試したのかもしれない。いや、あの船長だしそんなこと考えてないだろう。たまたまだ。きっと。
「じゃあ、美海はゼロのことは怖い?」
船長は次にゼロを質問に出した。彼は最近になってようやくジャックの元から解放された。きっとやつれた姿で現れると思っていたが意外とピンピンしていた。この場にもあくびをしながら後ろのほうで見物していた。
「えー、俺も巻き込まれるのー?」
へらへらしながら美海に近寄り俺怖い―?と楽しそうに聞いている。
「おい、ゼロ。美海から離れろ。」
ジャックによってゼロが回収された。ゼロ曰く、美海の血はめまいがするくらいおいしいとのことなので、美海と接触しすぎないように船員一同監視していた。
「つまんないなぁ。そんな俺悪い子に見えるの?」
チッと舌打ちをしながら怒られた子供の様に拗ねるゼロに美海から小さな声でかわいい、と聞こえた気がする。
「わかるよ、ゼロかわいいよね。その感じならゼロも大丈夫そうだね。」
その声を船長はしっかり拾った。船長はうんうんと頷きながら美海の頭をまたポンポンしていた。
「美海はいい子だね。さすが海鳥に乗ってるだけあるね。うんうん。」
無理やり乗らされた、が正しいが突っ込んではいけない気がするのでぐっとこらえる。
「美海、君に本当は内緒にしておきたかったことがあるんだ。だけどそれが君にばれてしまった。」
船長がまじめな話をしようとするのが珍しくて何となく背筋が伸びてくる。それはほかの船員も同じようでがやがやしていた船内が静かになった。
「これからここいる船員の秘密を教えてあげる。」
そう言って船長はにこっとして話し始めた。
この船に乗っているものは昔から世界では汚れたものとして扱われていた。ハイール語を使う人間も、ムール語を使う人間も、アクア語を使う人間だって同じように差別してきた。なぜかというと普通の人間より歪で、普通の人間が理解できないようなとある”力”が使えるからだった。その力を使えば一国を治めることも、破壊の限りを尽くすことができる。そう考えたからだった。
その力を”月華の力”と人は名付けた。理由は地球上で生まれるわけがないと思われたこの謎の力を月からの影響だと言い聞かせることで自分たちは正常で我々が異常であることを強調するためだった。そしてその力の名前から我々を月華人といい、完全な差別化をもくろんだ。
月華人はどんどん減少した。それは月華人が迫害を受けたためだった。そしてその迫害のために使われたのがこの海鳥だった。なぜならこの海鳥はどんなに工夫をしても乗員が一人残らずいなくなってしまう奇妙な船だからだ。海鳥を絶やさず出航するために、利用され続けている。
船長が美海に説明すると美海は泣きそうな顔をした。こんなに優しい人間もいるんだな、とひっそり感動していると同時に、申し訳なさもあった。いつも通り顔に出さないように、美海を見つめる。船長はこの子を無知で無垢なままにするつもりなんだ。美海に恐ろしい思いをさせないために。
月華の力も、月華人という名も本当の話だ。だけども、船長は肝心なことを言わないままだった。それに”月華”という名前の由来も違うものなのだから。
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