上弦の月

白と夢

 海鳥が出航してから4日が過ぎた。それぞれやっと仕事らしい仕事ができるようになってきた。僕と兄のブラックとでデッキの掃除に精を出していると時折美海から差し入れをもらうようになった。ラーズが言うには僕らの年齢と美海の年齢は近いらしいから、たぶん美海も接しやすいんだろう。美海は僕らがいる部屋のほかにも、危ないものがない図書室やレクリエーション室、果樹園に談話室などに足を運んでいるらしい。そこで前の船員が残していったガラクタを見つけては僕らにこれは何か、と聞いてくる。彼女は目がいいのだろうか。国の人たちがくまなく海鳥内を散策して遺品などはすべて回収したと言っていたのに、どうしてここまで見つけることができるのだろうか。

 汚れた水を海へ流しているブラックに声をかけた。

「終わったらどこで遊ぶ?」

そう聞くとブラックは作業をしながら、

「今日はホワイト、安静にしてないとだめじゃないのか?」

といわれた。今日の月は確かに上弦の月だ。だがまだ覚醒前だから特に体に不調はない。

「僕まだ体変になってないよ。」

そういうとブラックは僕の腕をつかんだ。

「この腕は傷んでないのか?」

そう言って僕の左腕を勝手にまくられ、白い鱗だらけの腕が晒された。

「ほら、少し熱を持ってるじゃないか。覚醒していなくてもどこか不調が出てきてしまうんだから。諦めて部屋に帰りな。」

ブラックは僕の体の不調にすぐに気付いてくれる。それは船に乗る前の故郷に居た頃からずっと変わらずそうだった。

「はいはい、ブラックにはかなわないな。素直に帰りますよー。」

そう言って自室に戻ろうとしたとき、デッキに誰かが入ってきた。

 美海だ。

「美海、ちゃん。」

そうブラックが声をかけるも美海は驚いたかのように僕の腕を見てきた。

「えっと、この腕は、ケガしてて、皮膚が、む、むけやすくて。」

どうしていいのかわからなくて余計美海を心配させるようなことを言ってしまった。

「…怖がらないで。」

美海に嫌われたくない。その一心で腕を後ろに隠していると美海は近づいてきた。すると僕の白い鱗の生えた腕を優しくなでてくれた。そしていつも見せてくれる優しい笑顔で僕を見て「素敵な腕ですね」と言ってくれた。


  アンダー一族には昔から龍神を信仰する家だった。それは一代目当主が路頭に迷い死にかけた際に竜神が黄金の水を飲ませたことでみるみるうちに元気になり、持ち直したことがきっかけとなったと伝えられている。

そんな家から龍の力を持ったような子供たちが誕生した。一族は皆天に感謝の祈りをするくらいうれしいことだったのだが、アンダー家についてまだよくわかっていなかった母親にはこの誇り高い腕は気味が悪いものとして受け入れられてしまっていた。だけれども幼かった僕にとってそんなことに気が付けないまま母親の愛を望み、結果受け入れてもらえなくて大きなさびしさと腕に対するコンプレックスを抱いてしまった。いつしかその思いで溢れかえってしまったとき僕は初めてこの腕を切り落とした。これで母親に好いてもらえる。そう思ったからだ。それなのに切り落とした腕はチリのように風に舞って消えて、気が付けば腕は気色の悪い音を立て生えてきてしまった。嗚呼、自分は人間では無いんだ、この龍の腕は呪いなんだ、そんなことを思い泣き叫ぶ。母親の軽蔑したまなざしを感じたままぐちょり、ぐちょりと腕が再生していく姿を兄たちは僕を抱きしめ何も言わず背中を撫でてくれた。それ以来母親の愛情を一切受けることは無かった。

 だからこの腕を受け入れてもらったのは兄以外、初めてのこと。柔らかい美海の温かい手とやさしい微笑みに思わず泣き崩れてしまった。僕が幼い時に欲しかった母親の温もりにそっくりだったから。

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