幼馴染と月

 ラーズの作った愛情たっぷり料理を平らげて今日の出来事をまとめていこうかと思ったときに船長と副船長が部屋を訪れてきた。船員の部屋は内側に人がいる時だけ特殊な開け方をしなくてはならない、という謎の侵入者対策がされている。といっても扉の鍵は少し頭を使うパズルだったり、船員の役割の場所にパズルの鍵が置いてあったりするから頭の良い人にとってはなんてことはない、らしい。

 2分くらい苦戦して二人が入ってくると自分の部屋のようにくつろぎ始めた。

「ちょっと、一応僕の部屋なんだけど。」

そういうと船長はニヤッとして

「俺たちの仲じゃないか。それにクラブの部屋は基本的に整理されてて居心地がいいからさ。」

誰よりも威厳を持ってほしい。だがその栗毛色のくせっ毛と高い鼻の周りについたそばかすを見ると花売りの少年というか、なんというか。一応年齢は22だというのにそうは思えないほど子供っぽいのだ。

「それで、クラブ。美海の調子はどうだ?泣いてないか?」

ソファーに寝っ転がって船長が聞いてきた。

「好奇心旺盛だね、あの子。僕、大分振り回されちゃった。」

船長は楽しそうに笑っているとジャックがぺしっと軽く船長の頭を叩いた。

「痛いじゃないか。」

むすっとしながらジャックを睨む船長。

「オーシャン。いい加減に船長らしく振舞ったらどうだ。それじゃあ無事に帰還することはおろか出航三日で沈んでしまいそうだ。」

オーシャン。そうジャックに呼ばれると船長はまたむすっとした。

「ジャック達にはオーシャンとか船長って呼ばれたくない。」

そう言って拗ねてしまった。なんてめんどくさいんだろう。

「そうは言ってもだな。締めるところをちゃんと締めないと連帯感がなくなり…。」

とジャックの長い説教も始まってしまった。ここは僕の部屋なのにどうして僕よりこんなに存在感が強いんだ。

「用が済んだなら帰ってよ。まだデータ書ききってないんだから。」

そういうとジャックの怒りの矛先がこっちに向いてしまったようだ

「クラブもクラブで言葉遣いを直せ。いつまでも孤児院気分ではなくて…」

あぁ。めんどくさい。そう思っていると船長がはいはーいと遮ってきた

「ジャック。一回落ち着いてくれ。俺だって何も考えてないわけじゃないし、それにここには俺たちしかいないんだから言葉遣いも気にしなくていい。朝から次の朝まで気を引き締め続けたらそれこそジャックから死んでしまうぞ。」

そう言われるとジャックはようやくおとなしくなった。

「すまない」

ジャックは非常にまっすぐな男である。それゆえこのように暴走してしまうときがある。それを唯一止められるのは船長だけだ。それは昔から、変わらない。

 僕ら三人は同じ孤児院で育った。それぞれ入所したタイミングは違うがそれでも僕らはすぐに仲良くなった。同じように勉強して、同じように遊んで、同じように怒られて。いわゆる僕らは幼馴染の関係だった。当時はそれぞれあだ名で呼びあっていたが、今は立場の問題上船長、副船長、と呼ばなくてはならなくなったし、ジャックも船長をオーシャンの名で呼ばなくてはならなくなったのだ。そして船長はそれが本当に気に食わないようだった。

 しばらくむすっとしていた船長だったが、落ち着いてくると僕のほうを改めて見て優しい言葉で話しかけてきた。

「今日は三日月だけど、クラブ、調子大丈夫か?」

この時やっと船長の考えが分かった。

「まだ覚醒前だからそんなに影響はないよ。」

そう答えると船長は安心したような顔をした。僕のために、今ここに来てくれたんだ。

―—―三日月は僕の月だから。

 




 監視の交代のために寒い夜空の下、高台を登った。冷たい鉄パイプで手が悴んで痛い。夜の海は美しいが、この寒さはいただけない。そんなことを考えながら上まで行くと先客がいた。

「ゼロならもうとっくの昔に寝たよ。」

こっちの姿を見ないまま話しかけられたから少し驚いた。

「あら、うちのが悪かったわね。気象予報しに来ただけなのに、見張りまでするなんて。もう部屋に戻って大丈夫よ。」

そういうと先客、もとい皐月は気怠そうに

「ラーズ、美海のこと避けてるの?」

と、聞いてきた。

「そんなわけないじゃない。たまたま巡り合わないだけよ。」

そう答えると、皐月はため息をついて

「その力を持ってる人ができる言い訳じゃないでしょ?」

と今度はまっすぐこちらを見て言われた。

「ラーズが何を考えているのか知らないけれど、僕はこの船から無事に帰還しなくてはいけないんだ。」

そんなことわかってる。それでも、やらなくちゃいけないことがある。

「まだ、最初の夜なのに。どうしてそんな顔をするんだ」

眉毛に力が入っている感覚がする。鏡があればきっと自分が泣きそうな顔をしていることに気づいて感情を押し殺せたかもしれない。

「ま、なんでもいいけどさ。明日は美海に付き合ってあげなよ?」

そう言ってコツコツと音を立てて海鳥に戻っていった。

 

 綺麗なこの三日月が満ちればこの船の上は戦場になる。なぜならこの船には同じ志を持ったような顔をして裏切ってくるものがいるからだ。

 この一瞬の間の平穏が愛おしくてたまらない。敵も味方も関係なく、人を、国を疑うこともない、この平和ボケしそうな日々が明日も、明後日も続いてくれればいい。そして忘れたころにみんなで港に帰る。そんな夢ばかり見てしまう。


 明日も、だれも、死にませんように。

 一日でも長く平穏が続きますように。


 これくらい祈っても罰は当たらないだろう。

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