三日月

海鳥と希望

 港から離れて三時間。大陸の少ないこの世界では圧倒的な海の量に何とも言えない不安を抱いてしまう。古代人の書いた物語に、偉い人が大雨を降らせて洪水をおこし自分に都合のいい人だけを残した、という話があったと聞いたが、もしかしたらその名残があるのかもしれない。だとしたら今回は偉い人は人の選別を失敗したのだろう。なんて考えてしまう。この大きな箱舟では人の数よりもはるかにやることが残っている。もともとはそんなことなかったのだが、やりがいがなくなり精神的なダメージを負って自害する、ということを防ぐために別にやらなくても死なないような仕事を早速美海と一緒に行うこととなる。一応船員たちにはそれぞれの”力”にあった役割が振られていて、僕の役割としては図書資料の管理だったり、今回の船出の記録を取ることになっているが、残念ながら今回の船員たちは読書家はいないようだし、船出の記録もたった三時間の中では大きな事件も起きなかったため、異常なし、という言葉で今のところ終わってしまうのだ。

 このことを船長に訴えたら船長に美海を海鳥案内に連れて行ってくれとの指令を受けた。もともと美海について国から部屋に閉じ込めておくように言われていたが、船に乗ってから船長が「国から離れれば何しても自由だろう」といって美海を縛るところかこの船の様々な鍵を渡したらしい。それは別に良かったのだが、船長はどうやら僕らの部屋のスペアキーすらも渡してしまったようなので、僕は全力を出して彼女を見つけなくてはならなくなってしまった。

 美海を探して一階から歩いているが、大抵の扉はすでに鍵が開いていた。人の好奇心はとても面白い。昨日まで青い顔をしていた少女が意気揚々と鍵を開けているのだから。


 しばらくしてようやく、船員たちの部屋を開ける前に、美海を見つけることができた。美海は、少し驚いた顔をしてから照れくさそうにえへへと笑っていた。

「ずいぶん冒険していたんだね、探すのに時間がかかっちゃった。」

そう話しかけると美海は何か御用ですか?と聞いてきたため、船長からの指令で海鳥を案内することになったと伝えると美海は嬉しそうに、よろしくお願いしまーすと言ってくれた。

 二人で行動すること、というか美海は船員と二人きりで話すのは初めてだろうから、美海に自己紹介しながら様々な施設に案内してみることにした。

「僕はクラブ。年齢は一応20。海鳥のデータや船員の状態を記録、管理する役割を担ってるよ。何か変なこととか困ったことがあれば言ってくれると嬉しいな。」

そういうと美海はそうだ、と言って手に持っていた一冊の”赤い”本を見せてきた。

「もしかして図書室のやつかな。美海は本を読んでくれる人なんだね。これ、僕らが子供のころによく読まされてたんだよ。懐かしいな。」

この本が海鳥の外に出してはいけない禁書であることに気が付いた。が、下手にそのことを伝えてしまったら彼女が無知でなくなってしまう気がしたためこのことは黙っておくことにした。

「それでこの本がどうしたの?」

そう言うと美海は赤い本のとあるページを開いた。そこには手紙のようなものが挟まっていた。

「誰の手紙だろう?これは読んだのかい?」

そう聞くと美海は首を横に振り、宛名が書いてあろう場所を僕に見せた。

「これは…?ムール語ではないし、ハイール語でもこの文字表記は見たことない。でも、紙の感じからするに最近書かれたものっぽいし…。」

そこには本の虫と呼ばれた僕ですら読めない言葉が書かれていた。もしかして、と思った言語はあるがそれでもなぜ”今の状態”でこの文字が書ける人がいるのか、という謎が生まれてしまう。

「ちょっと気になるね。僕も調べてみるよ。とりあえず、本のことは後だ。もうすぐで君の好きそうな果樹園があるよ」

そういってこの話を逸らすことにした。


 果樹園にたどり着くと美海はわかりやすいくらい目を輝かせた。

 果樹園、それは外が暗くても明るい日差しが射しこみ、外の日照りがひどくてもいつでも大雨を降らすことができる、船内の設備だ。いつでもおいしい果実を堪能できるし、木登りや川遊びなどのアウトドア系の遊びも堪能できる、若い船員にとって至高の遊び場である。

 美海ももちろんその対象圏内だ。ラーズという軍医が言うには彼女は16歳くらいだと言っていた。遊び盛り、学び盛りの年齢で何も知らないままこの船に乗せられるのはなんて可哀想なことだろうか。

 美海がこれ、食べていいんですか?とたわわに実ったリンゴの木を指しながら聞いてきたので、好きに食べていい、と伝えると嬉しそうにリンゴをもぎ始めた。真っ赤なよく熟れていそうな大きいリンゴを彼女の小さな口でシャリシャリ食べるその姿を見て何となく、本当に、理由はないが、彼女が消えてしまうような考えがよぎったのはなぜだろうか。

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