偽善と偽狂

 雨上がりの夜、足元は滑りやすく、空気はより冷たい。

 こんな夜は暖かいスープを飲んでふわふわの毛布に包まれて過ごすのが最適だ。外に出てしまえば体が冷えるばかりか夜の闇に精神を葬られる。人の体は鍛えられるが精神ばかりはどこに落とし穴があるかわからない。そういう知識はあるものの実践的なことは未熟である。だからと言って彼女を逃がすことはできない。逃げたところで彼女は今後国におびえて生きていかなくてはならない。国が彼女を忘れても彼女は国を忘れられなくなるから。それなら我々が海に連れ出した方がましだ。航海中にほかの国に逃がしてあげられるかもしれないし、もしかしたら今回は無事に帰還できるかもしれない。今自分ができることは一刻も早く彼女を見つけてあげること、それだけだ。

 こっちからいい匂いがする。そう言って相棒はどんどん細い道へ進んでいった。相棒は夜でも目がよく、嗅覚が優れている。弱視である自分は聴覚を利用してついていくのに必死だった。こういうときは完全に相棒に任せてしまいたいのだが、そうともいかない。なぜなら相棒は海鳥船員の中でかなり異端児であり、狂っているからだ。だから相棒に見つけてもらうだけもらって保護をするのは自分の役割にする、とさきほど話し合った。が、ついに置いてけぼりにされてしまった。相棒の声を聴くために少しだけ”力”を使った。


 

 わざと捕まりたいのかなぁと思った。広い道のほうが追い詰められた時に逃げられる道筋を探せられるのにどうしてこんな細い道、というか路地裏まで入ってしまったのだろうか。力の差的にも足の速さ的にも何一つ劣っているのにどうやって逃げるというのだろうか。

 えいっと手を伸ばしてみれば容易く腕をつかめてしまった。思っていた通りに細くて労働を知らなそうなその腕は少しずつ汗ばんできている。このままだと何となく申し訳ないのでちゃっちゃとペアを組んでたトラップに渡そうと思ったが自分の周りにはいなくなっていた。どこかに置いてきちゃったようだ。

 とりあえず探しに行こうと例の女の子を引っ張ってみたが泣き出してしまった。こういう慰めみたいなのはトラップの役割であり自分にはできない。が、このままぐずられてたら自分の仕事に支障が出てしまう。

 しょうがないので例の女の子と向き合って話を聞くことにした。

「いい夜だね」

とりあえず話しかけてみたが泣きっぱなしで何も返事をしなかった。

「そんなに泣いてたら目が腫れちゃうよ?」

女の子が気にしそうな話をしてみたがまだ泣いていた。

「怖いの?」

やっとついにリアクションをもらえた。ちゃんと頷いたからコミュニケーションはとれるようだ。

「足動かない?」

そう聞くと女の子は小さくわかんないとつぶやいた。初めて聞く女の子の声は鈴のようにきれいで弱弱しかった。子猫を見つけた時の感覚が襲ってきた。大切に持って帰りたい欲で溢れてくる。

 女の子を思いっきり引っ張りがっしりと捕まえた。女の子は震えたまま、え、とかひぇ、などと小さく声を上げていたが、お構いなしに痛みを知らなそうな皮膚を自分の牙を貫いた。

 想像通りの甘い味にめまいを起こしそうになりながら女の子の血液を堪能していると道の奥からトラップの声が聞こえた。いいところなのになぁ、と思いながらトラップにここに居ると声をかけるとすぐにここまで来てくれた。が捕食中の女の子を見るとすぐにトラップに奪われてしまった。

「お前バカだろ」

一発目にげんこつ、二発目に暴言を食らってつまらない思いでいっぱいだ。

「久しぶりにおいしそうな人間だったもんでつい、さ」

ちゃんと理由を説明したがまだ怒っていた。

「せめて一噛みで収めてくれよ。貧血でこの子動けなくなってるじゃないか」

「でもおとなしく運搬できるじゃん?」

そういうとトラップはまた暴言を言おうとしてきたがあきらめたように項垂れた。

「ゼロのせいでまた報告書書かされるこっちの身にもなってくれ。」

そう言いながら女の子を連れて歩き出した。

 海鳥寮に帰ってみれば副船長のジャックによって船長が叱られていた。これは好都合だと思い女の子を置いて立ち去ろうと思ったら残念ながら見つかってしまった。船長は女の子のもとに行き、今度は俺たちの説教が始まった。




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