第44話 幼馴染みが断罪を敢行

※健太視点に戻ります。


 菜乃、瑠理、俺のコラボ配信は、真利の乱入もあったが、何とか無事に終えることができた。

 ところがだ。

 配信終了の直後に、カレンから電話があったのだ。

 彼女は俺とVtuberの話がしたいと言い出した。

 きな臭い感じしかしない。

 断ろうとしたが、ナノンの正体を学校でバラすと脅されて、しかたなくカレンに話を聞くと伝えた。


 翌日、昼休みになりカレンの前の席へ座る。

 本当は朝一で彼女の元へ向かったが、じっくり昼休みに話したいと言われたからだ。


 この席の子にも悪いことをした。

 俺たちの都合なのに移動してもらったので謝った。

 幼いころからこんなことばっかりだ。

 カレンが好き放題して、俺が周りに気を遣う。

 そろそろ、こういうのは終わりにしたい。


 気づけば菜乃までこの場にかけつけてしまった。

 瑠理が呼んだのかな?

 俺としては、なるべくあっさり終わらせたかったのに、どんどん話が大ごとになる。


「あら、姫川まで来ちゃったのー? へー、誰に用があるんだかねー」

「わ、私は瑠理ちゃんと一緒にお弁当を食べようと思って……」


 カレンは菜乃を教室の外へ追い出したりしない。

 それどころか、菜乃がクラスの男から席を譲られるまで待っていた。

 まるでそれが必要であるかのように。


「しらじらしー。どうせ健太と私が話すから慌てて来たんでしょー。別に隠さなくていいわよー」

「そ、そんなこと……」


 菜乃は瑠理の机に弁当を置いたが、弁当を開けずにカレンの方を見ている。


「ねえ健太ー。あんたさー、姫川とは付き合ってないわよねぇ」

「え、あ、うん」


 違う、これは嘘だ。

 俺と菜乃は付き合っている。

 でもこれは言えない。

 俺と彼女が付き合っていると知れ渡るのはマズい。

 万が一、菜乃の正体が身バレしたときに、彼氏持ちのVtuberだと広まってしまう。

 男がいるVtuberだと知られれば、再起不能になると事務所が言っていた。

 特に今は、カレンのせいで菜乃がナノンの正体だと世間にバレる危険が高まっている。

 だから、俺と菜乃が恋人同士なのは隠さなければ。


「じゃあ、なんで姫川とよく一緒にいるのー?」

「いや、それは偶然というか……」


「学校の外でも?」

「そ、それはたまたま用があって……」


「栗原ともよく一緒にいるよねぇー?」

「友達だからだよ」


「私と健太って幼馴染みだよねー?」

「……そうだけど」


「互いの家へ行ったり来たりする仲なのに、ほかの女子と会うのって浮気じゃないのー?」

「いやいや、行ったり来たりってそれいつの話だよ。昔だろ昔! それに浮気ってなんでだよ?」


 クラスの奴らの俺を見る目が、どんどん厳しくなるのを感じる。

 特に男どもの視線は厳しく「互いの部屋を行き来してんのかよ」とか「幼馴染みにあんなに求められてるのに、よくほかの女と仲良くするよな」とか言うのが聞こえた。


 部屋を行き来したのは、小学校低学年までの話。

 それ以降は俺が遊びに行っても「男臭くなるから入んな」とか「部屋に入れるのは特別な相手だけだから」とか、マジで傷つくことを言われた。

 俺の気持ちなんてとうに知ってたハズなのに。

 それなのに今言ってることはおかしいだろ!


 男子に続けて女子の声も聞こえた。

 カレンとよく一緒にいるギャルっぽい女子ふたりが「へえー」とか「マジー」と声をあげたのだ。


「中村って一途じゃないんだー。予想外!」

「幼馴染みのカレンにぞっこんだと思ってたー」


 今の俺はそんなんじゃない。

 気持ちはカレンからとうに離れている。

 彼女が先に彼氏をつくったんだ。

 あのときカレンは「俺と距離を置く」って言った。

 カレンに裏切られたのは俺なんだ。

 そんな俺を菜乃は好きだと言ってくれた。

 今、俺が前向きでいられるのは菜乃がいるから。

 なのに……なのにどうしてこうなるんだ!


 カレンの顔はニヤついている。

 思い通りになって満足してるときの顔だ。

 彼女はわざとみんなを扇動してるな。

 だとしたら何が狙いだ?


 思わず菜乃の方を見る。

 向こうでは菜乃と瑠理が心配そうにしていた。

 お昼も食べずにこちらの話を聞いている。


 カレンも彼女たちの方を見てゲラゲラ笑った。


「姫川たちも興味津々みたいよー?」

「カレン、一体何が望みなんだ?」


 とにかく彼女の要求を聞かないと、対処のしようがない。


「私の要求は簡単よー! 金輪際、姫川と栗原に近づくなってことだから」

「なんでそんなこと、カレンに言われなきゃいけないんだ!」


 すると彼女は目に手を当てる仕草をして、甘えた声を出す。


「ひどいよー。幼馴染みが悲しんでるのにぃ、健太はどうしてほかの女の子にまで手を出そうとするの? 私ー、ずっと寝れないほど悩んでるんだよー?」


 カレンは口調をぶりっ子にして俺をからかった。

 こんなことされても、ただ腹が立つだけだ。

 バッグを買わされたときも、夏休みの宿題を全部やらされたときも、何かをさせるのはいつもこの口調。


 でも、彼女が教室でこの態度をしたことはない。

 だからクラスの男どもは、それが彼女のやり口だと分からないようで……。


「てめぇ、こんな可愛い幼馴染みがいるのに!」

「互いの家を行き来する仲なんだろが!」

「ひ、姫川さんにまで手を出すなんて、やっていいことと悪いことがある!」

「中村氏はゲーム好きの同士と思ってたのに! 僕らの栗原さんに抜け駆けするのは許しがたいですぞ!」


 ヒートアップした奴らが一斉に俺を責め立てた。

 カレンの見た目はちょっとギャルっぽいが、正直結構可愛い。

 だからちょっと女性らしく甘えたり、泣きまねをすると騙される男が多い。

 特に面識のあるクラスの男どもには、効果てきめんだった。


 それに引き換え、女性陣は声を発しない。

 彼女たちは呆れた様子でカレンを見ていた。

 ただ、あのカレンの友達ふたりだけは違った。


「まあ、ちょっかいだす女も女だよねー」

「姫川さんも栗原も、可愛いからってちやほされて調子乗ってるでしょ。気に食わないんだよねー」


 ふたりは矛先を菜乃と瑠理へ向けたのだ。

 すると、このヤジにクラスの女性陣が同調。


「みんなカレンちゃんに遠慮したんだよ?」

「そうだよ。幼馴染みには配慮しようって、相談して諦めたんだよ」

「それなのに栗原さんは、中村くんが興味あるゲームとかネタにして近寄ってるしさ!」

「姫川さんなんか違うクラスなのに。せめて中村くんには、ちょっかい出さないで欲しいな」


 あれ?

 カレンはクラスの女子によく思われていないハズ。

 なのに女子たちがカレンの援護をしてる!?

 なんでだ?

 なんで菜乃や瑠理が攻撃されてるんだ?


 菜乃も瑠理も好き放題言われてつらそうだ。

 何も言い返さずに口を結んでいる。


 ここを責め時と判断したのか、カレンは勢いよく椅子から立ち上がると俺に向かって指をさす。


「ねえ、健太!」

「何だ?」


「金輪際、このふたりに声をかけないで。学校でも、外でも!」


 カレンはたくさんのクラスメイトを味方にして、俺に要求した。

 そして、付け加えたのだ。


「断ったら、誰かが破滅することになるけどねー」


 彼女は菜乃を見ながら軽い口調で言った。


 脅迫。

 軽く言おうがこれは脅迫だ。

 世の中には、やっていいことと悪いことがある。

 カレンはその一線を越えようとしていた。


「お、お前!」


 今までになく怒気を込めて呼びかけた。

 だがカレンは立ったまま、少しもひるまずに目を細めて刺すように俺を睨む。

 それからゆっくりつぶやいた。


「もう……私の希望を叶えるしかないと思うけど?」


 その声は、今まで聞いたことがないほど低かった。


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