第41話 彼女の嫉妬と証拠写真

 日曜日に秋葉原のメイド喫茶へ行った俺は、猫メイド姿の瑠理、香織さん(栗原専務)、ネッ友と楽しく休日を過ごした。

 そのときは、後が大変になるとは考えもせず……。


「秋葉原は楽しかった?」

「あ、うん」


「秋葉原は楽しかった?」

「そう……だね」


「秋葉原は楽しかった?」

「……」


 翌日の月曜日、昼食時間に瑠理と屋上へ出ると、腰に手を当てた菜乃に問い詰められた。


「姫ちゃん、メイド喫茶に誘ったの私だから!」

「ええ知ってるわ。健太から聞いたもの。ただ私は、楽しかったかを聞いてるだけだから」


 菜乃は俺をかばおうとした瑠理を黙らせた。


「だいたい、共通のネッ友との待ち合わせが、何でメイド喫茶なの? ネッ友がメイドを好きなの?? ねえ、ネッ友ってどんな人?」

「へ? ネッ友? に、人気者かな?」


「人気者? じゃあ、配信者ね! 面白い人?」

「配信者じゃないよ。別に面白い訳じゃ……」


「じゃあ、何で人気者なの? イケメンとか? 気になるわ。ねえ写真見せて!」

「あ、いや写真は……」


 問い詰めてくる菜乃に、俺はタジタジとなった。


 我がままの暴風みたいなカレンと幼少を過ごしたおかげで、多少のトラブルは平気なつもりでいた。

 だが、菜乃の問い詰めにはなぜか対応できない。

 たぶんこれが、惚れた弱みというヤツなんだろう。


「メイド喫茶だし、ちょき、撮ったでしょ?」

「ま、まあ……」


「見せて」

「……」


「見せて!!」

「こ、これです……」


 俺は、観念して財布に入れてた、ちょきを見せる。

 横で見てた瑠理がオデコに手を当てると「あーあ」と声を漏らした。


 ちょきを受け取った菜乃が手を震わせる。

 可愛い彼女の眉間が険しい。


 な、菜乃が怖い。

 誰か助けて。


「説明して」

「……こ、この手前にいるのがネッ友です」


「見れば分かります。説明して欲しいのはこの状況」

「ですよねー」


 空気を変えようとふざけたが、菜乃に睨まれた。


 ちょきに写っているのは、俺を中心に瑠理と栗原専務とネッ友。

 女子3人は可愛い猫メイドの恰好をして、俺を笑顔で取り囲んでいる。


 俺は同行した栗原姉妹が、店の給仕体験をしたんだと説明した。


「ネッ友ってメイドだったんだ!」

「……はい。この店のメイドです」


「何で黙ってたの!?」

「いや、聞かれなかったから」


「別に束縛したくないけど、相手が女子かどうかは大切なことだよ」

「はい……」


「隠しごとされた気分」

「す、すまん」


「許して欲しい?」

「お願いします」


 それまでプリプリ怒っていた菜乃が、ニヤリと悪い笑みを浮かべた。


「じゃあ今度、この店へ私も連れていくこと!」

「え?」


「行けば私もメイドの恰好ができるのよね?」

「た、たぶん大丈夫!」


「猫メイドでご主人様にお給仕できるのよね?」

「そ、そうだね」


 それを聞いた瑠理が笑顔で近寄ってくる。


「じゃあ、姫ちゃんと一緒にメイドができるね!」

「それはダメ。瑠理ちゃんは昨日楽しんだでしょ! 今度は私の番。私だけが、ひとりだけで、健太とお給仕ごっこするんだから!」


「ずるい! 私はお姉ちゃんと一緒だったのに!」

「むしろそれが困るの! この写真の状況、絶対ヤバいじゃないの!」


 俺が昨日の様子を思い出していると、菜乃がいつものように可愛らしく口を尖らす。


「瑠理ちゃんもネッ友の子も、幼い感じで普通にメイド服が似合ってる。これはいいの」

「やったー、美人の姫ちゃんに褒められた!」


 瑠理が気を遣ったが、菜乃は口を尖らせたままだ。


「だけど、専務のこれは反則でしょ!」

「ああ……お姉ちゃんね。正直、私も思ったんだぁ」


 確かに頬を赤らめた黒髪ロングのOL風美女が猫メイドとか、あまりにギャップ萌えが過ぎるかもしれない。

 しかも、スカートとニーハイの間の絶対領域に妙な色気があって、なんだか非常にいやらしい。

 こりゃ、常連客たちから殺意を抱かれる訳だ。


 俺と瑠理は、嫉妬をさく裂させる菜乃をなだめたが、なかなか収まらずに相当骨が折れた。

 そんな感じで、貴重な昼休みがつぶれた。



「なあ瑠理。このゲームしながら打ち合わせもするのは無理じゃない?」

『そう? 健ちゃんがのんびり突っ立ってるから撃たれるんだよ。話しながらでも、キャラを常に動かせばいいんだよ? ねぇ、姫ちゃん?』

『え? 私は敵に突撃して今やられちゃったよ』


 今度の3人コラボはゲーム配信になった。

 そこまでは早かったが、候補に挙がった2つのゲームのどちらにするかで決めかねていた。


 ひとつは菜乃の得意なリズムゲーム。

 単純で視聴者に分かりやすく、ミスをすると逆にウケるので凄く盛り上がる。

 盛り上がるのは確かだが、3人だとやりにくい。


 そしてもうひとつが、今3人で試しにプレイしてる、瑠理の得意なバトロワゲームだ。

 バトロワゲームは生き残りを競うアクションシューティング。

 このゲームをしながら次の配信の打ち合わせをすることになり、パソコンの通話アプリで会話している。


 だが打ち合わせは進んでいない。

 全然まったく。

 今プレイしてるのは、アペックスという銃で敵と撃ちあうバトロワゲーム。

 立ち止まるとすぐ敵に撃たれるので、落ち着いて話ができない。


「撃たれてる! 撃たれてるって! 無理無理。こんなのしながら打ち合わせは無理だよ! これで、ややこしい話ができるの瑠理だけだから!」

『健ちゃんたらすぐギブアップする。ちょっと耐えてよ! 私は姫ちゃんを復活させてる最中だから』

『瑠理ちゃんごめん、2度も復活させてもらって』 


「あ! ダウンした。瑠理起こして!」

『健ちゃんの根性なし。今行くから……あ、横から別のチームが! 姫ちゃん復活したでしょ、助けて!』

『当たって当たって当たってぇ! なんで私の弾は当たらないのよぉ。味方の背中なら簡単なのに!』


 菜乃が問題発言をした直後に、瑠理もやられた。

 菜乃もやられてゲームオーバー。


「味方の背中とか、菜乃は酷いこと言うなぁ。でも、このゲームは味方撃ちフレンドリーファイアしてもノーダメージだからいいけど」

『健ちゃんも姫ちゃんも私も、プレイスタイルがバラバラよね。相性というか、チームワークが悪すぎるのかも』

『チームワークが悪すぎ? ……そうよ! そうだわ! 別にゲームで勝てなくていいじゃない!』


「え? 菜乃、それどういうこと?」

『姫ちゃん、リスナーって仲のいいVtuber同士が共闘して活躍するから喜ぶんでしょ?』

『私のナノンと健太のカルロスは敵対してるんだから、逆に同じチームで足を引っ張り合えば面白くない?』


 菜乃が真逆の発想をして、一瞬の沈黙……。


「それだっ、菜乃!」

『いいねっ、姫ちゃん!』

『でしょ、でしょ! やったぁ。じゃあ、瑠理ちゃんから企画を専務に伝えてね!』


 今度の3人コラボは、バトロワの配信に決定した。

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