64 相手
短く何度かキスした。熱が入ってこれからという時に観覧車が終着した。ガコンと音がしてドアが開けられ係員に促されるままゴンドラから出た。ふらつく柚佳の手を引いて階段を下る。
雨は先程よりも柔らかく感じた。二人走って正門近くにある土産物店へ向かう。そこが集合場所だった。
ほかの友人らは皆、既に店に到着していた。
「雨、何だか止みそうな気配ね。でも一時的かもしれないし今日はもう帰った方がいいかもね」
店内から窓越しに空を見上げ花山さんが呟いた。彼女のすぐ側に立っていたマキがずっとこちらを睨んでいる。
「何だよ?」
不機嫌な理由を問うと奴は鼻で笑った。
「どうせバラしたんだろ。『マキ』が『和馬』だって。そうじゃないとお前らがそんな幸せオーラ出してる筈ねぇもんな。一井さんが『マキ』に敵意剥き出しだったのは知ってる」
吐き出されたマキの言い分。その横には篤妹がいた。それまで棚に並ぶキーホルダーに目を輝かせキョロキョロしていた彼女は勢いよく顔を上げた。
「えっ? そうだったんですかっ?」
オレの隣にいた柚佳も目を大きくしてマキを凝視している。
「そうだったの?」
漏れた柚佳の呟きに今度はマキが目を見開いた。
「あーあ。自分でバラしちゃって。これは罰ゲーム決定ね」
花山さんが非情な宣告を下した。
「えっ? あれ。俺てっきり……。美南ちゃん、どうかお慈悲を」
「あ。私、帰る前にお手洗いに行ってくるわ。柚佳ちゃんと美緒ちゃんは?」
マキ(声は和馬)を無視して柚佳と篤妹に話し掛ける花山さん。柚佳が応じる。
「私も行く」
「私はさっき行って来たのでここで待ってます。あ、でも飲み物を買って来ようかな」
篤妹が一人自販機に行こうと一歩踏み出したところで篤が呼び止めた。
「美緒。外は濡れるから俺が買って来るよ。何がいい?」
「コンポタ」
「分かった」
篤が走って行った後すぐに柚佳と花山さん、和馬も店の外へ出た。店内に残された篤妹とオレ。
気まずい。この状況……何か他愛ない話題でも振らないといけないのだろうか。女子の友達は柚佳しかいない年月が長かったので変に気を遣ってしまう。
横目に窺っていると俯いて棚の商品に目を向けている様子だった篤妹がためらいがちに話し掛けてきた。
「沼田……さん? えと。お願いがあって。その……」
チラチラとオレの顔を見たり視線を外したりしている挙動不審な篤妹。口元に握った手を当て何やらモジモジしていた彼女は瞳を右下に彷徨わせながら切り出した。
「なってくれませんか?」
「え?」
「キスの練習相手に」
「っ……え?」
聞き間違いかと思って尋ね返した。
「その、私どうしても兄を振り向かせたいんですけど全く相手にされてなくて。恋愛経験の多い兄が相手じゃ手も足も出ないんです」
首を垂れ気落ちした様相で相談される。いや。篤は既にけちょんけちょんにされていると思うけど。
「今度、不意打ちでキスしてみようと企んでいるんですけど……何分私にキスの経験がなくて。奇襲を仕掛けておいて戸惑うのは私の方って事になりそうなんです」
「ありそうだな」
「ですよねー」
あはは……と苦笑いしていた彼女だが、すぐに気を取り直したような笑顔で明るく提案してきた。
「大丈夫です。沼田さんの事は好きでも何でもないですし。一回だけですし。柚佳さんには悪いかもですけど」
「オレも嫌だよ」
オレがした返事に篤妹は項垂れてしまった。
「えっと。美緒とか言ったっけ?」
声を掛けると篤妹が顔を上げた。
「お前がほかの奴とキスしたら篤も嫌がるんじゃないのか?」
「いいえ。むしろ喜ばれると思います。長年沼田さんをオススメされてきましたから」
そうだった。小学生の頃いじめられていた篤を助けた事があった。その後、奴はオレの信者となったらしかった。時折、暑苦しい視線を感じるのも犯人はきっと篤だ。
頭痛のする額を押さえていると美緒がふっと笑った。
「愛されている柚佳さんが羨ましいです。どうぞお幸せに」
篤たちが来たのを見つけた彼女は雨の中を駆けて行った。
柚佳が何を取っても一番だとしても。美緒もかなり可愛い部類の女の子だと思う。そんな子からの誘いを蹴るなんて。お互い本命じゃなかったにしても、もったいない気もした。
小降りになっていた雨が上がったので皆して正門へ歩く。虹の架かる空の下、柚佳が晴れやかな表情で振り向いた。
「海里!」
近付いて来た彼女に腕を引っ張られ、少し屈まされた。口の端に押し当てられた唇の柔らかな感触に戸惑う。
「え? ちょっ……!」
「大丈夫。皆先に行ってるから見てないよ」
悪そうな微笑みを浮かべている彼女の肩越しに先を行く友人らを見る。全員がこっちを振り返っていたけどオレが視線を向けた途端に前へ向き直った。ダメだ。皆気付いてて知らないフリをしてくれてる。
「お前……。後から後悔しても知らないからな?」
「うん? どういう事?」
やっぱり分かってなさそうだ。柚佳の返答に苦笑した。
取り敢えず朝から我慢していた鬱憤をここで晴らそうと決めた。逃げられないように左手で彼女の右手を捕まえ右手で滑らかな頬に触れる。上を向かせた。
「海里……?」
まだ分かってなさそうな彼女へ存分にお仕置きした。
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