63 オレが好きな人
「な、何の為に?」
オレが問うと柚佳は少し笑った。
その瞬間、バスの中で考えていた事を思い出した。彼女の様子がおかしい理由について。
花山さんやマキを恋敵として見ている可能性。オレが篤を柚佳から遠ざけようとしているみたいに柚佳も二人に嫉妬してる……? そんな筈ない。ない……。
目を逸らさず彼女が答えた。
「見せ付ける為に。海里は私のだって」
衝撃が大きくて何も言葉が出てこない。瞬きも忘れ、柚佳を見つめる。
「バスでお喋りしてる美南ちゃんと海里、とてもお似合いだって思った。何で海里は美南ちゃんじゃなくて私を選んでくれたの? ……幼馴染だったからだよね。だから私は海里と付き合えた。幼馴染だった事、神様に感謝した。さっき……マキちゃんの隣で楽しそうに笑ってる海里を見た時も嫌な気持ちになった。気安く『マキ』って呼び捨てにしてるのもすごく。二人、仲がいいんだね」
柚佳の目から大粒の雫が零れ、オレの思い違いなんかじゃないとやっと理解できた。余裕がないのはオレだけじゃなかった。柚佳は……思ってたよりもオレにベタ惚れだったんだな。
「ふっ……」
顔を横へ向け、己の口を押さえた。笑ってしまう。
「海里?」
「いいか? よく聞けよ」
柚佳の右目から流れた涙を、左の親指で拭い取った。
「柚佳がずっとオレの傍にいてくれるなら、花山さんもマキもいらない」
オレを見上げてくる瞳。泣き止ませたかったのに、もっと潤ませてしまった。
「ずっと傍にいるのなんて当たり前でしょ? 幼馴染だし、付き合ってるし」
八つ当たりするような口調。持ち前の横暴さをオレには見せてくれる。
オレはきっと誰よりも柚佳の特別なんだな。確信が持てた。
だからもう独占するのはやめる。
幼馴染である事も、付き合えた事も……当たり前なんかじゃない。奇跡みたいだ。
「さっきのはプロポーズなんだけど。まあ、ちゃんと学業を修めて就職してからもう一度言うけど」
真顔で伝えた。柚佳をじっと窺う。大きく瞠られていた目が苦しそうに細まる。俯いて静かに涙を零す彼女を抱きしめた。
「私、情けない。自分が嫌い。美南ちゃんもマキちゃんも悪くない。全部私がいけないの」
「うん」
嗚咽を上げながら打ち明けてくれる柚佳の頭を撫でた。
「傲慢だし、自分の為に平気で嘘つくし。ずっと知られないように隠してた。本当の私は醜いから」
「うん。嫌われたくなかったんだよな? 柚佳が頑張ってるの知ってたよ」
ゆっくりと……彼女が視線を上げた。何か問いたげな瞳でオレを見る。涙でベチャベチャの頬。尊くて少し笑う。ハンカチを持っていなかったので着ていたシャツの袖でその顔を拭った。
「オレ、柚佳が嫌いな柚佳の事も好きだよ。本当の柚佳も、本心を曝す事を怖がってる柚佳も。柚佳が醜いと思ってる柚佳も、可愛いと思ってる。全部見せてほしい。きっと花山さんも、もっと柚佳の事が知りたいんじゃないかな?」
ニヤリと口角を上げて見せた。
「オレだけしか知らなかった柚佳の秘密……もったいないけど花山さんは許す。篤やマキはだめだぞ!」
「……ふふっ」
やっと笑ってくれた。泣いている柚佳も怒っている柚佳も可愛いけど、やっぱり笑顔でいてほしい。
「海里」
名前を呼ばれた。
「好きだよ。大好き」
そう微笑む彼女の目元は赤く、まだ涙が残っている。世界で一番綺麗だ。
「オレも」
「海里がおじさんになっても髪が薄くなってもお腹が出ても好きだよって意味だよ?」
「ええっ? そっか。安心しておじさんになれるな。……もしかしてずっと傍にいてくれるって事?」
腕の中の彼女を見つめる。オレの両頬に柚佳の手が触れる。やっと気付きかけた察しの悪いオレに答えてくれた。
「さっきの返事だよ」
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