56 番外編(柚佳視点)*4 口付け


 とうとう公園に着いてしまった。辺りは既に薄暗い。街灯の光が照らすベンチに二人並んで座った。意を決して私から切り出した。


「それで、話って何?」


 本当は美南ちゃんの事だと気付いていたけど。明るめの声で知らないフリをした。


「あの……さ」


 海里がためらうように口を開き、斜め下に逸らしていた視線を強く私へ向けてくる。


 何でそんな顔するの? 私は海里のどんな表情も好きだよ。でも、美南ちゃんを想う海里の顔はキライ。私のものじゃないなんて許せない。



「ちゃんと言わなきゃって思って。柚佳にずっと言えなかった事があって。オレさ……」


「私も。海里に言わなきゃいけない事があるの。私……」



 咄嗟に彼の話を遮って邪魔した。聞けない。聞ける筈ない!

 ……何か言わなきゃ。でも何て? 俯いて言葉を探す。


 海里を繋ぎ止められるんだったら、何でも利用するって決めたよね?



「柚佳……?」


 心配してくれてる。早く。あまり関わりたくなかったけど仕方ない。震えそうな声を、何とか絞り出す。



「私、今日の昼休みに桜場君に告白されたの」


「……え?」



 海里が目を大きくしてこちらを見ている。


 ――桜場君を利用させてもらう。海里の優しさも……ごめんね。幼馴染のよしみで私からの頼みを断りづらいって分かってる。


 桜場君を振り向かせる為の「キスの練習」という名目だけだと、ただ私の経験値を上げるだけで桜場君の気を引く為の確実な方法だとは言えない……海里を引き留める理由としては弱い気がしていた。


 もっと強い理由をこじつける。



「でもさっきオレの家で、もうすぐ告白する予定とかアイツを振り向かせたいって言ってたよな?」


 海里が尤もな疑問を示したので、今日の昼休みにあった事を作為的にかいつまんで説明する。


「告白されたけど、まだ私の気持ちを伝えてないの。桜場君には待っててもらってる。十日後に会う約束をしてて、その時に言おうと思ってる」


 少し事実と違う。



「振り向かせたいのは……」


 そう言葉を置いてフフッと笑った。ちょっとした悪戯心が湧いた。


「私が本命なのか、そうじゃないのか分からないから。私より可愛い子なんてたくさんいるし。本当に好きかなんて分からない。だから言ったの。他の子を切ってでも私を選んでくれるのか。私は、好きな人にとってただ一人の人になりたい」


 海里が言っていた言葉をヒントに、私の願いを絡めて伝えた。

 ただの幼馴染にしか思ってないの、知ってるけど。美南ちゃんに勝てるとは思えない。でも。


 絶対に負けたくない。海里を奪われたくない!



「だから彼が、私以外を考えられなくなるようにしたい」


 強い決意と共に口にした。桜場君の事じゃないよ。ねぇ海里……あなたの事だよ?


 両手を伸ばして彼の髪を触った。緊張で指先が震える。海里がいけないんだよ。

 私がこんなに頭を悩ませてるのも。大好きな美南ちゃんを妬ましく思ってるのも。自分が嘘つきで卑怯で狡くて心が汚れてるって、もっと嫌いになったのも。今、胸が張り裂けそうなのも。



 私から口付けを誘う。



 自分の中にこんな劣情があるなんて。





「あと九日の内に、全部教えて」


 唇が触れる前、彼に頼んだ。「キスの練習」中に振り向いてもらえるよう頑張ってみよう。それでだめだったら綺麗に忘れよう。


 海里から与えられたキスは思っていたよりも刺激が強く、その後も彼に翻弄され続ける運命にあると……この時の私は知る由もなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る