48 篤の思惑
口付けの後、額をくっつけてその瞳を見つめた。
少し恥ずかしそうに視線を彷徨わせていた柚佳だったけど、やがて何かを問うように見返してきた。
『もう絶対に放さない』
心の中で決意して彼女の手を引いた。
翌日はテスト一日目。思うように勉強できていなかったので不安もあったが、日頃から積み重ねてきた事の成果かそんなに悪い感触ではなかった。
昼過ぎに今日の分の試験科目は終わり、どこかほっとした様子のクラスメイトたちがそれぞれ帰って行く。
帰り支度をしていた篤のいる机の前で立ち止まって見下ろした。
「篤……、悪いけどちょっと一緒に来てくれるか? 言っておきたい事がある」
篤は一瞬だけ少し面白がるような表情をした後、いつものように微笑んだ。
「いいよ。俺も沼田君に伝えておきたい事があったんだ」
柚佳も交えて三人で屋上に来た。今日は曇りのような晴れのような曖昧な天気だ。風が強くて柚佳のポニーテールが揺れている。
「その様子だと……一井さんから聞いたみたいだね。というかやっと言ったんだ、一井さん」
な、何で分かるんだ? 柚佳から聞いた事。
篤の言動に「オレってそんなに分かり易い様子してたか?」と怯みかける。けれど今はそれよりも大事な用件がある。
強い眼差しを向けたまま口を結んでいるオレへ、篤が朗らかに告げる。
「予想してたより一井さんが『お願い』を守って秘密にしてる期間が長かったから、もしかしたらまだ二人の間に付け入る隙があるかもって思ってるんだけど」
篤のとんでもない発言に焦り、即座に言い放つ。
「ない! 柚佳は絶対に渡さない!」
オレの剣幕をよそに、篤は楽しげだ。
「別に一井さんは問題じゃないんだ。第一、恩人の大切な人を奪おうなんて思わないよ」
見透かすように目を細めて笑われた。
「沼田君が一井さんの事を本気なのも分かったし、一井さんも俺に靡かないくらいには沼田君しか見えてないみたいだし安心。でも約束は約束だから今度、妹を紹介するね」
屈託のない微笑みを浮かべて篤が言う。柚佳の顔が蒼白になっている。
『必要ない』とキッパリ断ろうとして口を開いた。だが篤の方が早かった。
「妹にも沼田君の素晴らしさを伝えようとしてるんだ。でも全然話を聞いてくれなくてね。そんな強情なところも堪らなく可愛くていいんだけど、最近可愛過ぎて困っててさ。喋ってる時とか……一々距離が近くて、他の男にもこの距離で話すのかと思うと憎らしく感じてしまったり……とにかく早く沼田君とくっつけば安心なのに」
顔を覆った指の隙間から目をギラつかせている篤を呆れた目で一蹴する。
「シスコン」
「グッ! そうだ。認めるよ……」
篤は左胸を押さえ膝を突いてしゃがみ込んだ。柚佳が何故か顔を輝かせている。
「へぇ、意外! 桜場君って沢山の人と付き合った経験があるから海里みたいに鈍感じゃないと思ってたのに!」
さらりとオレまで貶された気がする。
「どういう事かな?」
篤が訝しげに柚佳を睨んでいる。
「他の女子と妹を一緒にしないでくれる?」
不服そうな目を柚佳へ向けつつ立ち上がった篤に促される。
「沼田君。これは君に言っておいた方がいいかと思って。ちょっと耳貸して」
柚佳から少し離れた場所まで連れて来られ、伝えられた情報。
「え……」
困惑しているオレに篤が真剣な瞳で問う。
「……君なら、その意味に辿り着けるんじゃないか?」
「だとしたら……っ」
ある一つの考えが浮かんで到底信じ切れないながらも、直感が『そう』だと叫んでいる気がした。
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