49 心当たり
篤から聞かされた情報は、あの謎多き美少女『マキ』についてのものだった。内容は以前、篤が彼女に会った時に気付いた事。今まで頭の隅に引っ掛かっていた事とその情報を合わせた時、オレの中で一つの可能性が閃いた。けれど余りに突拍子もない発想だったので口が緩みかける。押さえて隠した。
「心当たりあるみたいだね」
篤が微笑している目を細めた。
「ああ、恐らくな」
篤に返事をしながら右手の親指の爪を噛んだ。
もしも本当に『そう』だったとしたら……なるほどな。少し……いや、結構ショックを受けている自分にショックを受けている。
「よかった、すぐに排除しなくて。生意気だから正直イラッとしてたんだ。今日、沼田君に確認できてよかったよ」
穏やかに増した篤の笑みが怖い。
「『マキ』についてはオレがちゃんと話をつける。それより篤、お前……。柚佳に告白した時、十日後に返事をするよう要求したらしいな。今日から数えて四日後の金曜日になってたけど、もう告白の返事は今日のでいいよな?」
「もちろん。十日後にしてたのはそれまでに一井さんと沼田君の関係に進展がなかったら面白くないから、こっちから何か仕掛けようと思ってたんだ。例えば『時間切れ』って言って妹を嗾けたりね」
篤が柚佳に本気じゃなくて本当によかった。もし本気だったら初心な柚佳なんて一溜まりもなく籠絡されていただろう。篤が敵じゃなくて内心ホッとしている。さっきの発言からオレは随分と手加減されていたんだと分かったから。
これから篤が柚佳を本気で好きにならない保証はない。背筋が寒くなる。
早く篤とその義妹がくっつけばいいのに。……あれ、義妹とは結婚できないんだっけ?
そこまで考えて、少し『マキ』の気持ちを察した。
テスト二日目。放課後、突然篤の妹が襲来した。
柚佳はビビっているのか目を大きく見開いて小刻みに震えていた。
「兄がいつもお世話になってますぅ」
明るい色味でウェーブが掛かった髪の房を指でクルクル弄りながら、篤の妹は自己紹介した。
「美緒っていいます。好きなものはプリンとー、可愛いシールを集めてます。あっ、もちろん兄の事も大好きですよ?」
聞いてもいないのによく喋る。隣に立つ篤の左袖を右手で摘んで、ずっと離さない。周囲にいるオレ、柚佳、花山さん、和馬の視線を一身に浴びて少し居心地が悪そうにも見える。一年生らしく、小柄な篤の妹。花山さんより細いのではないだろうか。
身長で比較するなら高いのが『マキ』、続いて柚佳、花山さん、篤の妹といったところか。
「もしかして、あなたが『柚佳』さん?」
篤の妹が花山さんを値踏みするようにジロジロ見ている。
「えっ? 私は花山美南。柚佳ちゃんはこちらよ」
花山さんに言われ、柚佳も篤の妹もぎょっと顔を強張らせた。
「あ、あなたが柚佳さん? ……地味な人ね」
篤妹の失礼な言動に柚佳があからさまにショックを受けた表情になった。
「こら。美緒、ダメだよ。自分が可愛いからって他の人を悪く言ったら美緒の評判が悪くなるだろう?」
直後に篤がフォローを入れたと思ったら、そうでもなかった。
オレはろくでもない兄妹に溜め息をついて、こんな事で傷付いてしまう繊細で可愛過ぎる柚佳の頭を撫でた。優しく教える。
「柚佳がそこら辺の、あんなガキに可愛さで負ける訳ないだろ? 僻んでるんだよ」
「海里……。ずっと思ってたんだけど、海里の目って曇ってない? 私を見る時、特殊なフィルター掛かってない?」
「掛かってない。頗るよく見えてる」
透かさず言い返した。
そんなオレたちを近くの席から眺めていたらしい。頬杖をついた脱力したような姿勢で花山さんと和馬が呆れ顔をしている。何か言われた。
「バカップルね」
「バカップルだな」
「べっ、別に私……僻んでるんじゃありません! 牽制ですよ、牽制!」
「牽制?」
篤妹の言い訳に柚佳が首を傾げている。
「私は今日、兄の許しを得て宣戦布告に来たんです!」
ハッキリとした篤妹からの宣言に柚佳の表情が更に強張ったように見える。
「海里はだめっ!」
「兄は私のものです!」
柚佳と篤妹、同時に何か言った。
少しして皆、その内容を理解したような雰囲気が漂った。柚佳は真っ赤になって俯いている。
「あ……えっと……うん。そっか」
小さく呟く彼女が愛しくて抱きしめたい衝動に駆られるが教室なのでぐっと自制する。綻ぶ口元を手で隠し、今はただ心から伝える。
「ありがとう、柚佳……」
「あ、あれっ? 柚佳さんってそっちの人が好きなんですか?」
オレと柚佳を交互に見ている篤妹を篤が凝視している。口元を手で押さえ震えながら。目が血走っていてちょっと怖い。
「まあ、とにかく兄に手を出したら許しませんから! お兄ちゃん帰ろっ!」
袖を引っ張られた篤は教室から連れ出されていたけど、さっきの妹の言葉に余程感動したのかずっと口に手を当てたままだった。
静かになった教室で、花山さんが話題を振ってくれた。
「そういえばマキちゃんの事なんだけど。最近も連絡を取れないか方法を試してるけど返事が来なくて。ごめんね。引っ掻き回しといて何も力になれなくて」
申し訳なさそうな花山さんに苦笑した。聞いた話によると『マキ』と連絡を取る方法は花壇横の三番目の植木鉢の下にメモを置くとか時間と手間のかかるやり方らしい。何度もそんな事をさせて、こちらこそ申し訳ない。
「いや、いいんだ。今日メッセージを入れておいたから」
「え……?」
オレの答えを予測していなかったように、花山さんが表情を失くした顔でこちらを見返した。
「彼女の下駄箱、知ってる」
微笑んでそれだけを教えた。
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