46 打ち明け話
オレの顔の横にあった手が離れた。柚佳はベッドの上に女の子座りで俯いている。オレも上半身を起こしあぐらで座った。
「桜場君から告白される前……時々視線を感じてた。桜場君は目が合うといつもニコッと笑ってた。私は薄々その視線の意味に気付いていた。それは……微かな悪意」
「えっ? 普通そこは好きだからとかじゃないの?」
「ううん。違うの」
柚佳は何故か切なそうな顔でオレの目を見る。
「桜場君は上手く隠してたけど何でだろう、分かっちゃうんだ。そんなに強く憎むような感じじゃなかったから大丈夫かなって思ってたんだけど」
あははと笑って後頭部を掻く彼女を見つめる。その先を話してくれるのを待った。
「桜場君に屋上に呼び出された時は、何か嫌な事言われたらどうしようと思ってビクビクしてた。告白されて『何で?』ってびっくりした。『ごめんなさい。私、好きな人がいるから』って断ったら『ふーん? そんなに沼田君がいいんだ。同感。でもそれにしてはグズグズし過ぎなんじゃない? このままだと二人とも老人になるよ。もしかしたら沼田君に君じゃない彼女ができるかも。この八年間何やってたのさ。まあ、こちらとしては好都合なんだけど』って嘲笑ってきたの! それで私、記憶を辿った。桜場君の正体にやっと思い当たった。桜場君……元の名前は川井篤。小三の時、海里がいじめっ子から庇ってた川井君だよ」
「えっ」
思わず声が漏れてしまい口を押さえる。
川井君……? あの背が低くて細くて、いつも暗い顔をしていた彼……?
正直、同一人物には一ミリも思えなくて困惑した。
「私は別のクラスだったからよく知らないけど、三年生の途中で転校してたでしょ?」
「ああ、そうだったような……」
「私も名字が違うから別人と思ってた。何かね、桜場君が早口で喋ってたからよく覚えてないけど……小三の時いじめられてたのを助けてもらってからずっと海里の事を崇拝……えと……憧れてたみたい。海里を目標に努力してたらいじめられなくなって友達も増えたって言ってた」
「嘘だろ」
オレを目標にして、どうしたら今の篤が出来上がるのか知りたい。
柚佳は篤の声マネで続きを語り出した。
「『ここだけの話、沼田君には俺の義妹と付き合ってほしいんだよね。俺には過ぎた妹でさ。もし二人が結婚すれば俺と沼田君は親族になるんだ。凄くない? ……もしも俺の事を沼田君や他の奴にバラしたら、すぐにこの計画を実行する。だから言わないでね? そうだなぁ。君は沼田君の幼馴染で彼に近くて妹から見たら邪魔な存在なんだよね。だから俺と付き合ってくれたら妹も安心するだろうから都合がいいんだけど』」
声マネが元の柚佳の口調になる。
「『お断りします。私、付き合うなら一人だけって決めてますから。相手ももう決めてますから』」
再び篤の声マネになる。
「『分かったよ。一井さんの心を動かす為に? 他の彼女は作らないようにするよ』……あいつはそう笑ってきたの! 何でそうなるのよ!」
柚佳は声を戻しギリギリ歯軋りしている。えっと……言葉遣い。相当怒ってんな。
「『桜場君って性格悪いよね』ってちくっと言ったら『もちろん。いい子のフリに疲れてたんだ。あの一週間だけ付き合わないといけない取り決めも誰が作ったんだろう。この機に解放されると思うと清々しいよ。一井さんには感謝しないとな。ありがとう。人身御供になってくれて』って言われて、その日の日記が恨みで荒れまくったよ。そして奴はこう締め括ったの。『もう一度お願いしとくね。もし沼田君にバラしたら、すぐに妹を嗾けるよ。妹は容姿も性格も素晴らしく可愛いから沼田君であってもメロメロになって君なんて相手にしなくなる事間違いなしだ。十日後の同じ時間、この場所でまた返事を聞かせて』そう言い置いて桜場君は屋上を去った」
「っ……。柚佳、篤はお前の事が好きでそんな回りくどい事してるんじゃないのか?」
「それはない! あいつは私が好きな訳じゃない。試してるの。海里の彼女に相応しいかどうか」
オレはずっと心に引っ掛かっていた事を聞いた。
「何日か前……、篤とお前が屋上前の階段で話してるの聞いた。『大嘘つき』とか言い合ってるのと、オレが『気の毒』とか篤が言ってて……」
「ああ。それは桜場君が私の事を好きじゃないのに好きなフリするから。あっちが言ってた『大嘘つき』は、私が海里に秘密を持ってる事を指してるんだと思う。『気の毒』は、私に『早く沼田君に全部話して楽になりなよ。沼田君も隠し事されて気の毒』ってニュアンスの『気の毒』かもね。今思えば、海里が私と桜場君の仲を疑ってしまうだろうから『気の毒』って意味だったのかも」
オレは何だか少し力が抜けた。ずっと気を張って聞いていたからかもしれない。グダッと猫背になって問う。
「早く言ってほしかった」
「だって海里じゃ隠せないでしょ? すぐ態度に出るんだもん! 桜場君にバレたら……」
「義妹を嗾けるって? 柚佳。オレが柚佳じゃなくてその子を選ぶと思ってるの?」
やっと分かった。今日の昼間、バスから見た篤と歩いていた女の子は篤の義妹なんだろう。だから柚佳はあんな反応してたのか。
「……分からない」
そう言って自信なさそうに俯いた柚佳を横目に窺う。
「私、性格も悪いし海里がお嫁さんにしてくれないと一生結婚できないかもしれない」
「本気で言ってるの?」
柚佳に向き合って居住まいを正し、その両手を握った。
「篤や他の奴からも告白された事あるくせに。全部断ってたのはオレの為? そんなにオレがいいの?」
こくんと頷く彼女に念を押す。
「それってプロポーズに聞こえるけど?」
真っ赤になって眉尻を下げた顔で見上げてくる。伏目がちに頷いた彼女を強く抱きしめた。
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