45 柚佳の持つ秘密


「先にご飯食べようよ!」


 明るく笑う柚佳に手を引かれて台所に連れて行かれ、椅子に座らされた。彼女がテキパキ動くのを見ていた。数分後、テーブルの上には温め直されて湯気の立つ料理が並んだ。


 これは……っ、オレの大好物のハンバーグ! ご飯の横には野菜のスープが置かれた。


 昼に弟と食べた具なしのラーメンを思い出す。ラーメンも美味くて好きだけど、柚佳の作った料理とは比べられなかった。


 これをオレの為に作ってくれたんだと思うと感動で胸がいっぱいになった。


 ハンバーグは食べると口の中でじゅわっと肉汁が溢れた。野菜スープも具が色々入っていてコクがあり、健康にもよさそうだった。もちろんどっちも物凄く美味い。


「うまっ」


 一口目を食べて思わず呟いたら柚佳が満面の笑顔になった。


「よかった!」


 そうニコニコしている彼女に感情が暴走気味に思考する。

 可愛い可愛い可愛いかわ……今日のオレ、ちょっとおかしい。







 食べ終わって二人して食器を片付けていた。柚佳が話し出す。


「海里、あのね。今日海里が『一緒に帰ろう』って誘ってくれた事、嬉しかった」


 彼女の横顔へ視線を移動させた。流しで皿を洗いながら少し微笑んでいる。


「歩み寄って、謝ってくれた事も」


 最後の皿を籠に伏せて、こちらに顔を向けてくる。食器を拭く為の布巾を右手に持ったまま、身動きもできずにその様子を見ていた。



「ずっと海里と恋人になりたかったけど、秘密を持ってるのが苦しくて……。私じゃ勝てそうにないって思ってた。でも今なら……今だったら勝てるかな? 一人じゃ耐えられないよ」


「柚佳。何の事を言ってるんだ?」


 彼女はオレを見て微笑んだ。




「桜場君の事……私たちの関係について海里に聞いてもらいたいの」




 一瞬、心臓が大きく鳴る。




「その前に。一つ知りたい事があるんだけど、答えてくれる?」


 朗らかな表情で聞いてくる。オレは何も言葉にする事ができず、ただ頷いた。



「今日さ、バスで桜場君を見たって言ってたよね。一緒に歩いてた子の事……見たんだよね? その子の事、海里はどう思った?」


「どうって?」


「……可愛いと思った?」



 オレは必死に思い出そうとした。正直、柚佳以外の女子なんてどうでもいい。あまり覚えていなかったが、ぼやっとしたイメージはある。


「そうだな。普通に?」


 柚佳の瞳が下を向き、その表情に陰りが差す。



「そっか」


「お前の方が可愛いけどな」



 三秒くらいして、柚佳がゆっくりと顔を上げた。


「……え?」


 その両腕を掴んで、目を見てはっきり伝える。




「お前の方が可愛い」




 柚佳の大きな目が何かを堪えるように歪んでいく。


「私って可愛い……?」


「……っ、可愛いよ」


 目の前で白い頬に涙が流れ落ち、胸が締め付けられる。親指でそれを拭い取った。彼女の手を引く。


 柚佳の部屋に入ってすぐ左手にあったベッドの端に座らせた。何とか彼女を落ち着けようとその背を摩った。床に膝をつき、安心してほしくて手を握った。



 ぽつりぽつりと語られる彼女の話を、複雑な思いで聞いた。



「小学生の頃、仲間外れにされていた時、陰でそのグループの子たちに『ブス』とか言われてるの知ってたの。だから少し……ずっと気にしちゃってて。今まで『可愛い』って言われても、どこか信じ切る事ができなかった。お世辞なのかなって」


 笑っている柚佳がオレの目には痛々しく映る。



「それは柚佳が可愛いのを妬んで言ってたんだよ、絶対。あのクラスに柚佳よりも可愛い奴なんていなかった! ……今まで誰も、柚佳を超える奴なんていなかった!」



 言い切ったオレに、柚佳は目を丸くしていた。

 やがて雨上がりの晴れ渡る空のように笑ってくれた。



 オレはある考えに辿り着いた。



「お前、やっぱり篤の事が……?」



 知りたくなかったけど理解してしまった。



「本当は篤の事が好きだけどバスから見えたあの女の子が篤の本命で、気を引く為にわざとオレと付き合った……? あの女の子に勝ちたいってそういう事だよな」



 柚佳はオレの目を見てニッコリ微笑んだ。



 あれ? オレ間違えた?

 柚佳から何か……怒りのオーラみたいなものが出ている気がする。





「海里、好い加減にして。私、そんなに信用ないの? 嫉妬してくれる海里も好きだけど、ここまで鈍感だとは思わなかったよ! 大体、私のコンプレックスが強くなったのも海里のせいなんだから!」





 柚佳が立ち上がってオレを引っ張った。導かれるまま彼女の隣……ベッドの端に腰を下ろす。



「前に『お前より可愛い子がわんさかいる』とか言ってたよね? 言外に可愛くないって言われたみたいで傷付いた。少しだけ残ってた自信も砕けた」


 下を向いて苦笑する柚佳を、黙って見つめていた。


「美南ちゃんに『沼田君からラブレターもらった』って聞いた時はショックだった。やっぱり私じゃなかったって」


 不意に、肩を押された。

 彼女は仰向けになったオレの頭の横に手をつき目を合わせて、苦しそうに笑った。



「でも、どうしても海里を取られたくなかった! 海里が誰を好きでも、私を好きになってほしかった! ……けどね。美南ちゃんの言葉や桜場君の『お願い』が呪いのように重くて、私は意気地なしだから言えなかった」



「篤の『お願い』って何なの?」


 震えそうな唇を必死に動かして尋ねた。柚佳が少し笑った。



「私たちの関係を言わない事。誰にも」


「お前たちの関係って……?」



 今なら。柚佳は答えてくれる気がした。



「お前たち?」


 何が面白いのか、彼女はフフッと無邪気な笑顔を見せた。



「違うよ。私たち……海里を含めて三人の関係だよ」


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