20 誤解
「柚佳っ!」
階段を下りたけど柚佳の姿は見当たらない。廊下では登校してきた他クラスの生徒が訝しむようにこちらを見ている。……もう教室に戻ったのかもしれない。
急いで追いかけようと一歩踏み出した時。
「海里? どうしたの? 今、私の事呼んだ?」
後方から声をかけられ驚いて振り返った。
女子トイレから出て来た柚佳がハンカチで手を拭きながらきょとんとした表情をしている。さっき泣いていたからか、まだ目が少し赤い。
「あ、あれ?」
教室のある方の廊下とトイレの前に立つ柚佳を交互に見る。
「柚佳、もしかして今までトイレにいた?」
「うん。さっきそう言ったよね? お手洗いに寄ってから戻るって。何かあったの?」
「い、いや……。何でもない」
じゃあ、さっきの足音は柚佳じゃなかったのか?
柚佳に誤解されなくてホッと胸を撫で下ろす反面、足音が誰のものであったのか気になる。きっとオレと花山さんの会話が聞こえていた筈だから。
昼休み。いつも昼飯は和馬と食べている。
柚佳と一緒に食べたい気持ちはあった。しかし彼女は彼女で数人の女友達と食べているからそこにオレが交ざるのも変な気がするし勇気もないので何も言えない。家で会う事ができる関係だし我儘は言わない。
そんな日常を過ごしていたんだが……おかしい。今日はいつもと様子が違っていた。何が違うかって……。
オレはコッペパンに焼きそばの挟まった惣菜パンを食べながら、同じく惣菜パンにぱくついている和馬を横目に窺った。
明らかに機嫌が悪い。いつもなら取り留めもない話を切れ間なく喋り通す奴が、今日は昼休み中一言も発していない。
「明日、槍でも降るかな?」
そう呟いてみてもチラッと睨まれただけだ。和馬は黙々と惣菜パンをモグモグしている。
もしかして今朝、柚佳を追いかける為に邪険に扱ったからか? と危惧した。けれど、それだけでこんなに不機嫌になるような奴でもないよな?
「おい和馬。何怒ってんだよ?」
分からないので直接聞いてみる事にした。
いくらオレが友達作りを諦め、あまり和馬を大切にしていないからって言っても。和馬はオレにとって掛け替えのない友人である事に変わりはない。これでも色々感謝はしているのだ。絶対に言ってやらないけど。
和馬は頬を膨らませた顔で眉を寄せ、恨みの籠もったような目を向けてきた。頬を膨らませているのはむくれているのではなく単にパンを頬張り過ぎているだけで、オレの脳裏ではリスのそれと重なって見えた。
三個目のコロッケの挟まった惣菜パンを食べていた和馬はそれを置き「お前にはがっかりだよ」と言ってきた。
「は? 何の事だ?」
「とぼけんなよ!」
聞き返したオレに、椅子を立ちキレたように声を荒げてくる。
「俺には話せないって事かよ。あーはいはい。どうせお前は俺の事、友達だとも思ってないんだろうよ」
「何の事だよ!」
オレも立ち上がり声を荒げる。机を挟んで睨み合った。
「朝……お前と花山さんが話してるの聞いた。よかったな。二人、両想いみたいだし。あ、だからって学校でイチャイチャ抱き合うのはよくないと思うぞ?」
そう言って和馬はオレから目を逸らした。
「え……」
『ええーー!』
和馬の言葉の衝撃が脳に到達する直前、教室にざわめきが起こった。
「えー!」
「嘘でしょ?」
「オレの天使がっ!」
「美南ちゃん本当なのっ?」
嘆く者や真相を花山さんに問おうとする者、ただただ驚く者……それらの声が入り乱れる。
心臓が速い。柚佳の方を向けなかった。どんな顔をしているのか知るのが怖い。彼女に誤解されたくない。
「違う! オレは……花山さんの告白を断ったんだ」
周囲の盛り上がりが凄くて、オレの声がちゃんと柚佳に届いたかは分からない。
「じゃあ何で抱き合ってたんだよ?」
和馬の冷ややかな視線がオレの胸に刺さる。
「それは……」
言いかけたけど口を閉じた。
「花山さんから抱き付いてきただけでオレは抱きしめていない」と自分を弁護したかったけど、苦し紛れの言い訳のように聞こえるだろうし何より花山さんに恥をかかせてしまう気がする。
黙っているオレを嘲笑うように和馬が言う。
「ほらな。何で隠すのか知らないけど。堂々と付き合えばいいじゃん! お似合いだし?」
言い捨てた和馬は荒っぽい足取りで教室を出て行った。それを複雑な感情で眺めていた時、視界の端に友達と机を囲んで座っている柚佳の姿が映った。
彼女は暗い表情で俯いていた。
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