19 好意
「ごめん……ごめんね。言えないの……」
涙を零す柚佳にオレは何も聞けなくなった。左手で彼女の頭を撫でる。
そんな時、階段の下の方から誰かが上って来る足音がした。
「あっ! 沼田君、柚佳ちゃ……柚佳ちゃん、どうしたのっ?」
姿を現したのは花山さんだった。柚佳が泣いているのを見た彼女は驚いた様子で駆け寄って来た。花山さんが傍へ来たので柚佳の頭に置いていた手を引っ込め一歩後ろへ退いた。
「美南ちゃん……。ごめん何でもないよ。私、お手洗いに寄ってから教室戻るね」
流れる涙を手で拭いながら柚佳が階段を下りて行く。当然オレも一緒に戻るつもりだったのに。
「待って」
花山さんに制服の上着の端を掴まれた。仕方なく足を止める。
「沼田君……柚佳ちゃんと何があったの? 私、柚佳ちゃんの様子が変だったから心配で、教室に戻って来た桜場君にここだって聞いて来たの。柚佳ちゃん本音を教えてくれないところあるし……、何か知ってたら教えて! お願い」
こんな可愛い子に『お願い』されたら普通の男子ならホイホイ聞くんだろうな。
そんな捻くれた事を考えてしまう。
「ごめん花山さん。柚佳の事をオレからは話せない。それにアイツ、オレにも秘密にしてる事あるみたいだし」
「そう……なんだ」
花山さんは俯いて微笑し、諦めてくれたのか捕まえていたオレの制服を放してくれた。後ろを向いて二歩程進んだ後、背伸びしている彼女。だからてっきり話は終わったんだと思って階段を下りかけていた。それなのに。
オレの耳に花山さんの声が響いた。
「あーあー? 妬けちゃうな。いいなって思ってたのに、まさかその人に幼稚園から一緒に過ごしてる異性の幼馴染がいるなんて。最悪じゃない?」
その信じられない内容に思わず足を止め、振り返ってしまう。
彼女は顔をこちらへ向け、オレを見てニコッと笑った。
「沼田君……、柚佳ちゃんと付き合ってないんだったら私と付き合って」
暫く思考がフリーズした。
「え……?」
漸く口から出せたのは、たったそれだけ。そんなオレに花山さんは何故か嬉しそうに笑みを深めている。いきなり勢いよく抱き付かれた。
「ね? いいよね?」
オレの胸の辺りで頬ずりしている花山さんに驚愕したのと、色々状況が飲み込めなかったのとで対応が遅れた。それが致命的だった。階段の下の方からの音を耳が拾った。誰かが走り去るような音を。
まさか柚佳? 今の話……聞かれた……?
血の気が引く。
花山さんの両肩を掴み、体から引き剥がした。
「ごめん! オレ……柚佳が好きなんだ。柚佳だけだから」
それだけ伝えて、その場に花山さんを残し階段を下った。柚佳を追うのに必死だった。だから花山さんが呟いた言葉を聞き流してしまったんだ。
「やっぱりね」
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