17 疑心
どういう事だ……?
呆然としていた状態にじわじわと焦りや不安、猜疑心が加わる。
彼女は視線を逸らして教室から出て行った。
何か……誤解があるのかもしれない。確かにオレたちはまだ付き合っていない。オレがちゃんと彼女に告白できていないから。もしかしたら柚佳はそれに腹を立てているのかも?
「ゆずっ……!」
「一井さん!」
「フラれてやんの。ドンマイ!」
理由を聞く為に柚佳の後を追おうと一歩踏み出した時、後方から来た和馬に背中をバシッと叩かれた。振り返って鋭く睨む。
「おー怖っ」
和馬は両手を挙げてオレから距離を取った。
オレが和馬に気を取られている間に先を越された。もう一度目を向けた時には篤の姿はなかった。
「和馬、今お前に構っている暇はない!」
それだけ言ってオレも廊下へ出た。
出遅れた。柚佳はどこに行ったんだ?
気持ちが焦って心音が大きくなる。柚佳が出て行った方向には他クラスの教室が続き、トイレと階段がある。
その時ふと思い出した。高校に入学して間もない頃、昼休みに屋上へ行く階段の途中に柚佳が座っていた事があった。あの頃の彼女はまだクラスに馴染めていなかったらしく教室にいるのが少し緊張すると言っていた。
あそこはあまり人も通らないしぼーっと考え事をする時にいい場所とか言ってたな。
そこかもしれないと考え、階段を駆け上がった。
三階まで来た時に、上の方から話し声が聞こえた。間違いない。柚佳と篤だ。この階段の上にいる。三階からは階段の踊り場が見えるだけでその上にいる筈の二人の姿は見えない。
「一井さん。好い加減、沼田君は諦めて俺にしておきなよ。大事にするからさ」
「誰が! この大噓つき!」
階段を上ろうと踏み出した足を止めた。いつもと違う柚佳の言動……その剣幕に驚いたからだ。学校での柚佳というより家で怒っている彼女に近い。
「大嘘つきは一井さんの方じゃないの……?」
篤が少し笑った気配がする。
「沼田君が気の毒だよ。彼は俺たちの本当の関係を知らないんだからね」
篤の言葉に動揺して後方に少しよろめいた。その時上履きが床と擦れて「キュッ」と鳴ってしまった。手すりの上から下を見下ろした篤と目が合った。篤はオレを見て表情の読めない顔で目を細めた。
「ああ。沼田君。聞かれちゃった? 俺たち変な話をしてたけど誤解しないでね」
階段を下りて来る足音が近付く。
篤はオレの横を通り過ぎ、オレが今しがた上って来た階段を下って行った。オレは俯いたまま顔を上げる事もできなかった。
二人……一体何を話していたんだ?
パタパタと階段を下る音がして見上げると、踊り場にいる柚佳と目が合った。
「海里……」
彼女は右下に目を逸らした。
何でだろう……最悪な考えが頭を過る。篤が言っていた「俺たちの本当の関係」って言葉がずっと頭に鳴り響いていて、それを確かめるのが怖い。オレが知っていると思っていた柚佳の本当の顔を知ってしまうのが堪らなく怖い。逃げ出したくなった。
でも、オレは彼女を信じる。彼女を好きなオレを信じる。
強く閉じていた目を開けた。
「柚佳、今までちゃんと言えなくてごめん」
一歩一歩、階段を上る。彼女の目を見つめながら。
「オレ……ずっと柚佳の事が好きだった」
彼女の目が見開かれる。踊り場の柚佳まで、階段はあと半分。
踊り場に着いて、告げた。
「オレと付き合ってほしい」
間近でオレを見上げる柚佳は目を潤ませたけど、何も言ってくれなかった。
振られたんだと分かった。
やはり、篤には敵わなかったみたいだ。小さく笑った。
「困らせてごめん」
彼女もオレの事が好きだと思ったのは、オレの勘違い。でも、昨日オレの家で彼女がくれた言葉はどうしても疑う事ができなかった。嘘でも嬉しかった。
「ありがとう海里。嘘でも嬉しかった。私が海里の事好きだから責任感じてくれたんだよね? でも、私は大丈夫だから気にしないで」
……………………ん?
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