16 宣言


 家から最寄りのバス停手前で繋いでいた手を離した。バス停のすぐ側に小学校があり登校中の子供たちの視線が気になったからだ。



「ごめん柚佳。オレ手汗すごくて」


 心配していた通り、繋いでいる間中手がじっとり湿っていた。嫌がられてるだろうな……。そう思って柚佳の顔を盗み見る。



「へっ?」


 柚佳は何故か驚いた様子で顔をこちらに向けた。



「あっ……と、えっと、ごめんね」


 俯き気味に謝られた。窺う。何か言いにくそうにモジモジしている。頬が赤みを帯びているようにも見える。




「それ私の手汗……。本当ごめんね」




 恥ずかしそうに申し訳なさそうに視線を逸らされた。



 ……オレ、左手は一生洗わなくてもいいや。











 教室に入るとざわめきに満ちていたクラスメイトたちが一瞬話を止めてオレと柚佳に注目しているのが分かった。少し怯みかけたけど表には出さずに自分の席に着く。


 柚佳も通常運転で学校用の落ち着き払った「大人しいモード」に入ったようだった。感情を抑えたような顔で椅子を引いている。


 さて。これは早速、誰か聞いてきそうな気配だ。



 昨日篤の手から柚佳を引き離して連れ去った事。




 オレは決めていた。


 オレと柚佳の関係について聞かれたならば、正直に答えようと。オレは柚佳が好きだし、柚佳はオレが好きだ。だから篤には悪いけど絶対に渡さないと言ってやる。




 てっきり篤が来るものと思って身構えていたら、違う方向から声をかけられた。



「ねぇねぇ! もしかして、沼田君と柚佳ちゃんって付き合ってるの?」



 可愛らしい声。肩透かしを食らった気持ちで右を向く。右隣の席で花山さんがニコッと笑いかけてくる。彼女の周囲に花が咲き開く幻覚が現れそうな可憐な笑顔だ。まぁ、柚佳の笑顔には及ばないけど。



 周囲の視線が気になる。ヒソヒソ話す声も耳に届く。


 オレが何て答えるか皆、様子を窺っているようだ。


 机に手をついて立ち上がった。花山さんに答えるのと同時に篤に「柚佳は渡さない!」と宣言するつもりで。





「付き合ってない!」














 …………え?










 言ったのはオレじゃない。





 机に手をついたまま首を右に向けた。立ち上がってこっちを見ている彼女を見た。






 柚佳は、右手で制服の胸元を握り締めるようにして言葉を紡いだ。






「付き合ってないよ……」






 彼女が不快そうに口を歪めるのを、オレはただ瞳に映す事しかできなかった。
















「え……本当に?」


 花山さんが面食らったように柚佳に尋ねている。



「海里とはただの幼馴染。小さい頃から一緒にいる事は多かったけど、付き合ったりとか全然そういうのじゃないから」



「えっ……?」


 あまりの困惑に小さく声が漏れてしまう。



 今、何が起きているんだ?



 幼馴染の思いがけない発言は、ショックを認識する手前でオレの思考を停止させた。


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