14 女生徒



「あのさ、柚佳」


 彼女の肩を押さえて体を少し離した。



「オレ、言ってなかった事があって」



 真剣に、相手の目を見た。柚佳がその身を強張らせたのが両手から伝わる。息を呑むような表情でオレを瞳に映している。





「ただいまー! 腹減ったー」



 間の悪い事に弟が帰って来てしまった。台所で冷蔵庫を漁り居間に入ってくる。弟はオレたちに気付いて「うわ!」と叫び、口に咥えていた魚肉ソーセージを落とした。


「びっくりした! 海里、帰ってんならおかえりとか何か言えよ! 幽霊かと思った――……あっそかそか」


 陽介はオレと柚佳を交互に見てニンマリした。


「何だよその目」


「いや~何でも?」


 そう言って横へ来た弟に肘でつつかれた。



「陽介君こんにちは。海里、私もう帰るね。家の手伝いしなきゃ。またね」


「あ……ああ、また」



 柚佳はあっさり帰って行った。もう少し一緒にいたかった。……告白もできなかったけど、いずれまたチャンスはあるだろう。



「あちゃー。オレ、タイミング悪かった?」


 陽介がオレの隣で頭を掻いている。



「ああ。物凄くな」


 オレが不満を目付きで表明するけど陽介は意に介さない様子でニヤニヤを大きくした。



「で? 何か進展あったの今日? 告白できた?」


「お前に邪魔された」


「マジでごめん」


「でも、お前の言った通りだった。オレは結構……柚佳に好かれてた」


 右手で顔を覆う。柚佳の発した数々の言葉を思い起こし赤面する。



「マジで?」


 陽介は目を大きくして嬉しそうに笑った。



「よかったな! 海里も柚姉ちゃんもいつ告るんだろうって見ててやきもきしてたから、これでストレスが一コ減る」



 ……そんなにオレたちって分かり易かったのか?







 居間の壁に掛けてある時計を見た。五時十五分。あっ! そうだ。


「鞄、教室に忘れたんだった。取ってくる!」


 柚佳も定期がなかったら困るだろうと考えつつ、家に置いている方の財布を掴んで玄関を出た。



 バス停に着いた丁度にバスが来て、家を出てから二十分くらいで学校に到着した。生徒のほとんどが下校しているようで人影があまり見当たらない。


 さっき篤から柚佳を奪って帰宅した事情があるので、同じクラスの奴がまだ残っていたら気まずい。絶対何か聞かれる。



 教室には誰もいなかった。少しホッとして自分の席へ向かう。



「……あっれ?」


 机の上に置いていた筈の鞄がない。机の下や周囲も見るけど、ない。

 もしかしてと思い柚佳の机も確認する。彼女の鞄もない。


 忘れ物として先生が保管してくれてるのか? と考え教室を出ようとした。




「海里、君?」




 呼ばれて足を止めた。

 教室の中に人はいないと思ったのに。恐る恐る振り向く。



 教室の窓辺に座って、黄昏を背に足を組んでいる生徒がいる。


 腰までありそうな艶やかな黒髪が印象的な美少女。黒タイツをまとった長い脚に肘を乗せ頬杖をついている。



「遅かったね。待ってたよ?」



 透き通るような、それでいて凛とした声が響く。



「……誰?」



 不審に思い問いかける。こんな知り合いいたっけ? 見覚えのない女子生徒。記憶を辿るけど思い出せない。……でも懐かしいような気もする。



「ふふっ」


 どこか嬉しそうに笑った彼女は窓際から床へ可憐に下り立った。


「あなたの捜している鞄は、これ? それとも、こっち?」


 女生徒は左手にオレの鞄を、右手に柚佳の鞄を取り出して見せた。

 彼女を睨んだまま、オレは答える。



「両方」


「あら。欲張りなのね。本当なら代わりの物を頂くところなんだけど、今日は特別に返してあげる。ほら、取りに来て?」



 何だ……? 何か嫌な予感がする。



「何だ、いらないの? 私がもらっちゃおうかなー?」


「ダメだ」



 揶揄ってるのか? もう相手にしないで早く帰ろう。


 彼女に近付く。鞄に手を伸ばした。「うん、気が変わったわ」そう聞こえた時にはシャツの襟を掴まれていた。引き寄せられて間近で彼女の囁きが聞こえる。


「ご愁傷様」


 突然したシャッター音と浴びせられたフラッシュ。驚いてすぐに後方を見た。廊下をパタパタと駆けて行くような音。



「えっ?」


 どういう事だ?



「ふふふ。分かってないのね」


 女生徒はオレの襟を離した手で左肩を強く押してきた。よろけたオレを横目に微笑んで駆けていく。


「じゃあね、鈍感さん!」


 少しだけ振り返り笑顔で捨て台詞を吐いた後、彼女は教室から出て行った。鞄と共に残されたオレは、まだ状況が飲み込めない。



「……えっ?」



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