13 キス



 家でテスト勉強しようと柚佳を誘った。もちろん勉強する筈もない。鞄ごと勉強道具一式を学校に忘れ二人とも手ぶらな時点で柚佳も気付いていたと思う。



 閉めたカーテン越しに差す夕方の柔らかな光が室内を暖かみのある色に染めている。



 部屋に入るなり振り返って柚佳を抱き寄せた。


 ずっと触れたくて仕方なかった。彼女もオレの事が好きなんて夢のようだ。

 ……ふとした拍子に覚めてしまうんじゃないかと怖ろしいイメージが浮かんで抱きしめる腕に力を込めた。




「海里」


 柚佳の心地いい声音がすぐ傍で聴こえる。背にためらうようにぎこちない動きで腕が回される感覚があって薄く目を開く。


「私……私ね、海里を誰にも渡したくない」


 既に隙間なくくっ付いているのに柚佳はまだ足りないと言うようにオレの胸に頬を押し付けてきた。



「ずっと言えなかった。……私は卑怯で汚いから。海里が知ったら私の事を嫌いになる秘密も持ってる。でも、どうしても海里に振り向いてほしかった。海里の心を少しでも繋ぎ止めたくて桜場君の気持ちも利用した」



 くすんだオレンジ色の光に満たされた鄙びた畳の部屋。腕の中に捕まえたか細い女の子の告白を聴いていた。



「桜場君を振り向かせたいって言ったのは……本当は海里に振り向いてほしくて。桜場君に告白された時、何度も断ったのにしつこいから無理難題の要求を突き付けたんだけど本当に他の子を切ってきて思わず絶望したよ……。十日後また返事を聞かせてって、勝手に約束を言い置いて逃げられたし」



 オレの脳裏に今日の休み時間中、机に突っ伏した柚佳の姿が思い起こされる。あれは照れてたんじゃなくて絶望していたのか……。



「でもよかった事もあった。桜場君を理由に海里に近付けた気がする。キスの練習って言って本当はただ私が海里とキスしたかっただけなんだよね」



 グッ! 幼馴染が可愛過ぎて心臓を止められそうだ。



「海里がキスの上手い子が好きなのは知ってるけど私なんかじゃ全然力不足なの分かってるけど、それでも海里が他の子に行くのは嫌なの」



 ……?



「だから――」


 柚佳がオレの胸から頬を離した。至近距離から見上げてくる。



「海里、キスを教えて。本当は桜場君じゃなくて海里をイチコロにしたかったんだよ」



 我慢できなくなって彼女の左頬に触れた。


 柚佳もオレと同じ事を考えてた。

 嬉しくて、このまま死んでしまうんじゃないかと思った。



 昨日断られた要求にも応じてくれた。詳しいやり方なんて知らなかったけど思うままに。うっとりしたような表情の柚佳と目が合って幸せな気分になった。



 永遠にしていたかったけど途中で止めた。止められなくなりそうだったから。



 それに気が付いた。


 色々順番をすっ飛ばしている事に。オレたちはまだ付き合っていない。まだ柚佳に告白すらしていない。



 さっき彼女の言動を少し疑問に思った。


『海里がキスの上手い子が好きなのは知ってるけど私なんかじゃ全然力不足なの分かってるけど、それでも海里が他の子に行くのは嫌なの』



 ……柚佳は未だにオレの嘘を信じていて、オレの好みの女子がキスの上手い子だと勘違いしている……よな……?


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