第5話
今まで話していたうさぎより一層青い瞳を持つそのうさぎがプーと鳴いたので背後の機械に目を向けると、ディスプレイの表示が変わっていた。
『ようこそ、我らの月へ。私はこの星の王……長老といったほうが近いでしょうか。あなたに危害を加える気はまったくありません。ただ……あなたにひとつお願いがあるのです』
やけに神妙な鳴き声に、部屋全体の緊張が高まった気がした。
「お願い、というのは……?」
『それは……』
そのうさぎが口を開く前に何やら騒がしい気配が近づいてきた。すぐに扉が開き真っ白な毛玉が転がり込んできた。小さな三羽のうさぎのじゃれあいだ。
三羽は部屋の空気に気づいたのか各々耳をピンと立てきょろきょろし、二羽と一人の姿を認めるとすばしっこく寄ってきた。
少し高い声でキューキュー鳴き始めると、ディスプレイの文字が流れ始めた。が、複数の声が混ざっていて読み取れない。長老がプーとたしなめるように鳴くと三羽はようやく落ち着きを取り戻した。そして今度は一羽ずつ話し始める。
『センセイ!お医者のセンセイでしょ!』
『長老様から聞いたよ!本当に来てくれたんだね!』
『ボクたち、楽しみにしてたんだ!』
六つのキラキラした灰色の目に見つめられ、男は目を泳がせた。
「えーと…」
状況が飲み込めず、子供たちの目は
『こらこら、客人が困っているだろう。向こうで遊んできなさい。外は危ないからいつもの場所で遊ぶんだぞ』
『はーい!』
元気よく返事をした子うさぎたちはぴょんぴょんと跳ねて部屋を出て行った。
『子供たちが失礼しました……。あのように、この星の者は皆あなたを心待ちにしておりました。お願いというのはあなたにはこの星に永住し、私たちのもとで医者として働いてほしいのです。もちろん衣食住はこちらで手配しますし、休日も給与もあなたの希望通りです』
「しかし私は……」
男は言いかけた言葉を飲み込んだ。子うさぎたちが出て行ったドアは開けっ放しになっており、その向こうから声が聞こえる。それは男にとって聞き馴染みのある声だった。急いでドアへと走り寄る。声はだんだんとこちらへ近づいてきた。男の叫び声……。
薄暗い通路の奥から現れたのは、この月の夢――実際は現実らしいが――の話をしてくれた若い男性だった。後ろ手に拘束され、銃のようなものを持ったうさぎに前後を固められている。
こちらに気づいた若い男性はすがるような目で男に叫んだ。
「先生!た、助けてください!これは夢、夢なのに!どうして……?」
反射的に振り返り、男は長老に向かって叫んだ。
「これは一体何のつもりですか⁈危害は加えないと言っていたではありませんか!彼は私の患者です!」
『確かに危害を加えないと言いましたが、それはあなたに限った話。その人間は我々のための尊い犠牲になっていただきます。あなたに必要な環境、栄養、その他もろもろを研究しなければならないのでね』
ディスプレイの無機質な文字と冷たく暗い青の瞳が男の追及を許さない。
「先生……!助けてください……!」
最後にそう言い残し、涙に濡れた若い男性は半ば引きずられるように奥へ消えていった。体が凍り付いたように動かなかった。
「っ!ま、待て……。彼を、どこへ……」
乾ききった喉に張り付いた言葉をなんとか外へ出す。しかしそれは何の意味も籠らない、ただの音でしかなかった。
『……それでは、私は少し失礼します。お願いの件、ご検討をよろしくお願いします』
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