第17話

僕は自分の顔が大嫌いだ。

 神が創造したとか、創たもうたとか、稀に見る美丈夫だとか、王国一の美形とか、実にどうでも良い言葉で僕の事を表現していくわけだけど、中身も見ずに、顔だけで判断される僕の気持ちにもなってもらいたい。


 キャーキャー騒ぐ女の子たちにもうんざりだし、出来れば放っておいてもらいたいのに、三層四層の厚みとなって取り囲まれるから身動きも取れない。


 これはもう戦地にでも赴いて、顔の上に傷の一つや二つこさえた方が平穏に暮らせるんじゃないのかな。幸いにも僕には兄が二人も居るわけだし、3番目の僕は比較的自由に過ごすことが出来るから、軍人として国を支えたいとか何とか言いながら、国境線上に勃発する小競り合いに参加する事にしたのだった。


 僕は敵を欺く事に関してはセンスがあったようで、膠着していた戦いも短期で決着することを得意とした。隣国ラテニアが蜂起した時も、敵の中に結構な数の間者を潜り込ませていたので、簡単に戦況をひっくり返す事が出来たわけだ。


 顔に大きな傷をつける事は出来なかったけど、敵を屠る悪魔のような王子、氷のように美しく悪魔のように容赦がない。第二妃派が流した僕の噂はあっという間に広がっていくに従い、僕の周りからは潮を引くように女の子たちが逃げて行ったので、結果としては良い方向に話が進む事になったわけだ。


 王国は基本的には一夫一妻となるのだけれど、血筋を増やすことを目的として王はいく人もの妃や愛妾を抱えていたりする。我が国は三人の王子と六人の王女がいる訳だけど、第一王子と僕が正妃腹、第二王子は第二妃から生まれているという事もあって、後継問題が燻っているのは言うまでもない事実だ。


 戦を勝利に導いた僕は目立つ存在となったものの、王位なんか継承する気はまったくなかった為、元々自由な三男坊、しばらくの間はミグロス商会を発展させる事に注力する事にした。


 元々は隣国ラテニアに潜り込むために作った商会なのだけれど、部下をおもしろいやつばかりで揃えたものだから、世界をまたにかけるような規模の大商会にまで発展した。

 そこで我が商会に胡散臭い儲け話が持ち込まれた為、確認のためにホーエンベルグ公国へと入国することにしたのだが、自分の人生を狂わせるような女に出会う事になろうとは思いもしない。


 僕は女というものに対して特に必要性を感じることなど無かったのだけれど、彼女に対しては全く別で、常に一緒にいたいと思うし、常に彼女の視界の中に入っていたいと感じるし、彼女の希望や要望を叶えるのは自分しかいないと考えて、常に彼女の発する言葉に耳を澄まし続けるという、他人から見たら、

「気色悪い・・完全にストーカー」

と言われるほどの、僕は変貌を遂げる事になったのだ。


 だから、

「ごめんね」

と、僕はまず始めに、彼女に対して心から謝りたい。

「君が公国でどんな目に遭っていたのかという事は知っていたから、この際、面倒だから潰してしまおうと思っていて、だから、君には見せた事がないくらいの高圧的な態度であの場にのぞんでしまったんだよ」 

 アグライアは視線をキョトキョトと動かした。


「元々、君に頼まれなくてもホーエンベルグ公国には僕も行く予定だったんだ。主権を剥奪する事はすでに決定された事だけれど、あいつらは君を使って何処までも抵抗するだろうとは思っていたんだ。だったら君をあの国へ連れて行かないほうが良いって事も分かっていたんだけど、君と君の呪わしき家族との関係にも決着をつけて欲しかったし、君は蔑むべき相手ではないと、ホーエンベルグ貴族全体に教えてやりたかったんだ」


「あの・・私・・・」

 アグライアは胸の前で指を交差させながら言い出した。

「私、ホーエンベルグの妃とかになりたくないんです。出来れば関わりたくもないし、自分を虐げてきた奴らを下に置いてふんぞりかえりたくもないんです」


 夜の帷をおろしたような漆黒の髪に白磁のような艶めかしい肌、どんな宝玉を持ってきても到底かないそうにない菫色の瞳が僕を見つめると、

「ダーフィトさんはホーエンベルグを統治されるんですよね?お嫁さんにするならどの令嬢がおすすめだとか説明できれば良かったんですけど、私、伯爵家に閉じ込められているような状況だったんで、誰がいいのかとか説明のしようもないんです」

と、意味不明な事を言い出した。


「アグちゃんはホーエンベルグを統治したくないんでしょう?」

「したくないです」

「それじゃあ、なんで僕がホーエンベルグを統治するわけ?」

 キョトンとした顔でアグライアは僕の顔を見上げた。


「そもそもごめん、僕もホーエンベルグに関わるつもりは最初からないし、統治は僕の兄であるシャルル第二王子に任せようって事になっているわけ。シャルル兄さんは第二妃の息子なんだけど、継承争いに引っ張り出されるのがつくづく嫌になっちゃったみたいでね、お嫁さんと一緒に移動する事は決定しているんだよ」

「そ・・そうなんですかーーーーー・・・」


「そんな訳で、僕は第一王子であるステファン兄さんの補佐を任される事になるかと思うんだけど、近々、ラテニアに行かなくちゃならないみたいなんだ」

「ラテニアですか?」


「王国で併合したんだけど、飢饉が続いた土地だけに、人の生活が成り立っていかないのが現状なんだよね?僕は基本的には高圧的で、自分の思うままにドンドン進めていっちゃうから、今のラテニアには悪魔のような僕が関わって、国民の生活水準を上げるためのテコ入れをした方が早いだろうっていうし、僕も実際そうだと思うんだけど」

 僕はアグライアの手を握りしめた。


「アグちゃん、田舎町で店を開いて拾ったイケメンとほのかな愛を育んでいきたいって言っていただろう?ラテニアは王国と比べると遥かに田舎だし、王城だってこっちの田舎領主の城というほどのものでもない。すっごい田舎の家って感じだから、そこを改装してアグちゃんのマッサージ店をやっても良いと思う」

「はい?」

「アグちゃん、君の望みは僕が絶対に叶える。だから僕と一緒にラテニアへ行こう?」


 アグライアの瞳は一瞬だけキラキラと輝いたけれど、その輝きはすぐに曇って、僕を見上げていた菫色の瞳は床へと向けられる。


「でも・・こちらでもお店出してますし、学校も出来ていますし、私の施術を待っているお客さんもたくさんいる訳で・・・」


 ああ、何もかも捨てて僕を選ぶように、彼女を僕に夢中にさせてしまいたい。


「アグちゃん、アグちゃんの技術はウルスラが継承しているよ。足りない部分はラテニアまで通って教示を受ければいいし、アグちゃん目的のお客さんには、ラテニアまで来てもらって観光共々マッサージも楽しんでもらおう!」

「ええええ?」

「ラテニアは王国と比べると田舎そのものだけど、風光明媚な場所が山ほどあるんだ!飢饉で疲弊した場所だけど観光に舵切りをすれば、すぐに豊かな場所になると思う。それに、僕は君と一緒に、ラテニアで苦しんでいる人を助けたいんだよ」


 無理に王国に喧嘩を売ったラテニアの国民の疲弊は言葉に尽くせないものとなっている。あの国にアグライアを連れていけば、きっと眩い光となる。


 アグライアの私室には小さな暖炉があるんだけど、真っ赤な炎が燃えてパチパチと音を立てていた。

 僕らは床に敷いた狼の毛皮の上に座り込んでいたんだけど、白い毛が炎の光を浴びてキラキラと輝いているのをしばらく眺めていたアグライアが、

「きちんとお店も維持出来るのかな?」

と言って菫色の瞳を僕に向けた。


「君の店はきちんと維持するよ?絶対に約束する」

「ラテニアに連れて行っても私の事を大事にしてくれる?」

「大事にする、君のことを愛してるんだ」

 僕は彼女の唇を奪いながら毛皮の上へ、彼女の体を押し倒していく。


「君のことが好きだ、途方もないほど愛している。君の望みを叶えるのは絶対に僕だし、他の誰にも君を触れさせはしない」

「私もダーフィトさんのことが好き。だけど、王子って事を考えると・・・」

眉の間に出来た皺にキスをしながら、

「その身分については後で考えよう」

と言って、僕はその場で彼女の全てを暴く事に集中する事にした。

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