第16話

移動、移動で疲れたという事もあるんだけれど、私は自分のお店に帰ってくるなり高熱を出して寝込んでしまったのでした。

 心配したマリア様やモア様が、わざわざお店までお見舞いに来てくださり、

「私たちは貴女のスポンサーであり、親みたいなものなのよ。貴女がやりたい事は全て応援するから、今は安心して眠りなさい」

と言ってマリア様が私を抱きしめると、

「切り捨てたい男がいるようだったら私に言いなさい、良きように計らうからね!」

モア様が冗談混じりにそう言いながらウィンクをしてくれました。


 超お金持ちのお二人が自分の後ろ盾としてついていると思うだけで、今まで悩みの種だったリハビリ施設兼職業訓練学校とか、マッサージ学校兼孤児院の経営についても、何とかなるかなあと思えるようになりました。

ダーフィトさんにした多額の借金も、このお二人に借り替えをすればいいんでしょうしね。返済に時間がかかり過ぎて三十五年ローンみたいな事になったとしても、このお二人なら笑顔で許してくれそうです。


 それからは、いつダーフィトさんが現れるのかとドキドキするような日々が続きましたが、ひと月経っても、ふた月経っても、ダーフィトさんは現れませんでした。

 きっとホーエンベルグで素敵な貴族女性を見つけたのでしょう。

 氷の悪魔とか悪魔の王子などと言われているようですが、ダーフィトさんが素晴らしい人だという事は知っています。

 素晴らしい統治者に彼ならなれると私は思います。


 ジグジグと痛む胸の痛みには蓋をして、子供たちへの読み書き計算の練習から、アルバイトとしてリハビリ補助に入れるように指導をして行かなければなりません。

 機能回復訓練についても退役軍人の方を指導をして、リハビリ師として特訓する必要があります。

 上流の貴族階級の方への個別のマッサージ施術もありますし、マッサージの指導を受けた女性たちの再訓練も続けています。

 目の回るような忙しさの中、子供たちとの交流が私の癒しの一つにもなっていました。


 私が開校した孤児院と職業訓練校はモデル校となり、王国の支援で同様の施設が幾つも建設される事となり、街に溢れた退役軍人や孤児の数がめっきりと減ってきたように思います。

 私は相変わらず落ちているイケメンを探しての散歩は続けていますが、相変わらずイケメンなんか落ちていません。

 ため息をついている間に、あっという間に冬となり、雪がチラホラと舞い落ちる季節となりました。南に位置するホーエンベルグでは冬になっても雪が舞い散ることなど無いのですが、ブザンヴァルは山なんかも多いので、風に吹かれて山の雪が舞い落ちる事も多いのだと話に聞きました。


 その日は、朝から曇り空で、灰色の分厚い雲が空全体を覆っていました。何枚も厚着をしなければ過ごせないような寒さで、暖炉の前からなかなか離れることが出来ません。

 そうして夕方になる頃には、空から牡丹雪が、まるで小さな綿菓子を落としているかのように降ってきて、あっという間に辺り一面が真っ白に染まり上がっていきます。


 私が住み暮らすお店は、孤児院や職業訓練校とはまた別で、下町の近くにあるのですが、朝から私の家のすぐ近くに座り込んでいる人がいる事には気がついていました。

「あああーーー〜――、あれは落ちているイケメンでは無いので、拾いに行かなくて良いと思いますよーー〜」

 ウルスラさんがそう言うのなら、拾いに行かなくても良いのでしょう。

 私が散歩中に孤児を拾って歩いているのは、この近辺では風物詩のようなものになっているので、時々、性質の悪い浮浪者がちょっかいを出してくる事があるのです。


 そんな訳で、しゃがみこんだ人を放置し続けていたのですが、辺りは暗くなってきましたし、雪で埋もれ始めているし、放置したまま朝になって死んでいたなんて事にもなりかねない状況になっています。


「あの・・大丈夫ですか?このままだと凍死しますよ?」


 羊の毛を織り込んで作った温かいケープコートをかけながら声をかけると、しゃがみこんでいた人は驚いた様子で私の方を見上げました。

 アクアマリンのような青く透き通った瞳が私をとらえると、煤だらけで銀色の髪の毛もまだら色となったその人は、涼しげな口許に笑みを浮かべました。

「拾われるイケメンって、この後、どうやって君を懐柔するわけ?」

「だ・・だ・・ダーフィトさん・・あなた・・ずっとここに居たんですか?」

 頭の上には雪が降り積り、顔色は悪く、全身がブルブルと小刻みに震えています。

「早く家に入ってください!ダーフィトさんだと知っていたらもっと早くに声をかけたのに!」

「好みのイケメンじゃないから拾ってくれないのかと思ったよ」

「ああーー〜・・・」

 ごめんなさい、危ない浮浪者か何かだと思っていたんです。


 すでにお店の方は閉めている状態なので、裏口から母屋の方へと連れて行くと、暖炉の前に座らせて、毛布を何枚もかけてあげます。

 熱いタオルで顔を拭いてもらうと、真っ黒な煤が落ちて、いつもの綺麗なダーフィトさんの顔が現れました。


「海が荒れているから馬を走らせてブザンヴァルに帰って来たんだけど、そのままここに来たから埃だらけで汚いかもしれない」

「ホーエンベルグから王国に帰ってきて、家にも帰らずに外でしゃがんで待っていたんですか?なんで声をかけてくれなかったんですか?」

「なんだか声をかけそびれてしまって・・・」


 ダーフィトさんらしくない様子で口をモゴモゴ動かしました。

「君の借金は母が肩代わりをするとか言い出すし」 

 ええ、そうですね。

「父は、アグちゃんのストーカーは切り捨てるとか言い出して」

 ストーカーっていう単語、こちらの世界にもあるんですね。


「僕がいない間に、僕の場所があの二人にどんどんと奪われるようで、居ても立っても居られなくなって帰って来たんだけど、君になんて言えば良いのかわからなくなって・・・」

 ダーフィトさんはアクアマリンの瞳で私をじっと見つめると、

「ごめんね」

と、言いました。


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