第18話

 アグライアが言うところの『マリア様』『モア様』が僕と血縁関係にあるというのは、最初にあった時からなんとなく察していたと言うけれど、まさかブザンヴァル王国の国王と正妃だとは思いもしなかったらしい。


 使用していない離宮にはマッサージの仕事で何度も行ったことがあるアグライアだけれど、正式に本宮へあがるのは初めてのこと。

 僕のエスコートを受けながら謁見の間へと足を踏み出したアグライアは、宰相のノアラングレンが恭しく差し出してきたパープルサファイアのネックレスを見て、驚いたように菫色の瞳を輝かせた。

 ネックレスを手に取った僕が、彼女のほっそりとした首につけてあげると、ホッと安堵するように彼女がため息を吐き出した事に気がついた。


 このネックレスは王家の秘宝と言われた由緒ある宝飾品となるため、アグライアの父親であっても最後まで彼女の手元から奪うような事はしなかった。

 しかし最後の最後で、異母妹による茶番によって取り上げられる事となったのだが、それが遂に自分の手元へと戻って来たのだ。


「数々の偉業を成し遂げたアグライア嬢に対して、ウェルスナー伯爵位を叙爵する事とする。またこの度、アヌーク姫の令孫であるアグライア嬢は我が国の第三王子、オマール・ダーフィトとの婚約が成立した事をここに宣言する」


 僕とアグライアが恭しく辞儀をすると、集まった貴族から温かい拍手が沸き起こる。

 実際、アグライアによって、画期的なほどに進歩した美容マッサージを傍受する事となった貴婦人たちも、ヘッドスパとマッサージの虜となった紳士たちも、アグライアの事を独占したいと考えるほどに夢中になっている。


 更には、王都に雪崩れ込んだ退役軍人や負傷兵、戦災孤児たちを丸ごと受け入れるようなアカデミーを作り出した彼女の偉業は目を見張るものであり、下手な貴族と結婚するよりも王族と結婚する方が十分に納得できるほどの有名人にアグライアはなっていた。


 王家が守って守って、彼女がしたい事が出来るように庇護してきたのもあって、自分の名前がそれほどまでに売れているとは、つゆほども気が付かないアグライアは危なっかしい事この上ない存在だ。だけど、悪魔の王子と言われた僕が、最初から最後まで守り続ければなんの問題ないだろうとも考えている。


「今までフラフラしていた弟がようやっと素晴らしい人を見つけて、落ち着いてくれるようだから、本当に感謝しているんだよ?」

 第一王子であるステファンが微笑を浮かべながら言うと、

「ホーエンベルグの貴族については僕に任せて!ギッタンギッタンにしておいてあげるからね!」

と、第二王子であるシャルルが悪戯っぽい笑みを浮かべながら楽しげに言う。

「・・・・」

 シャルルの後に居る第二妃であるエディット妃が睨みつけるようにしてアグライアを見つめている事には気がついていたが、無視する事にした。


 自分が産んだシャルル王子を王位に就かせる為にと巨大な派閥を作り上げ、正妃である母を社交会から弾き出そうとしていたエディットは、アグライアの所為で現在、自分自身が爪弾きとなっている。

 何せ天才マッサージ師と言われるアグライアのパトロンは僕であり、僕の母である正妃マリアとなる。アグライアの指導を受けたマッサージも出来る上級侍女たちは、母の子飼いの貴族令嬢で揃えられている。


 つまりは、第二妃の傘下で居る限り、アグライアの恩恵は絶対に受けられない仕組み作りが出来ているため、マッサージやヘッドスパを求めて多くの貴族が離反することとなったのだ。

 そうこうするうちに、実の息子であるシャルルがホーエンベルグを自ら統治する事を宣言した為に、エディット妃は完全なる忘れ去られた人となってしまった。



       ◇◇◇



 まさか母の形見のネックレスが返ってくる事になるとは思いませんでした。異母妹の元から回収した後は、王家の国庫に保管される事になるかと思っていたからです。

 ですが、私の元には母から譲り受けたネックレスだけでなく、祖母であるアヌーク様が輿入れの際に持ち込んだ宝飾品の全てが渡される事となり、

「えー〜っと、つまりは、祖母が輿入れしたシュタイア辺境伯は取り潰されたという事になるのでしょうか?」

と、思わず疑問の言葉を口にしてしまいます。


 娼館の主人とそのパトロンという当初の設定からは逸脱した存在であるモア様、マリア様との謁見が終了した後、豪奢なサロンで用意された紅茶を飲みながら私が問いかけると、ダーフィトさんは小さく肩をすくめて見せました。


「舞踏会場で僕が、ネックレスを片手に君の祖母と母が泣いていると言い出したのは覚えているかい?」

 あれは不思議な現象でした、ネックレスから涙がこぼれ落ちるようにして水が流れでたのですから。


「あれは、僕があらかじめ水がこぼれ落ちるようにして仕込んでいた物なんだけど、実際問題、君の祖母であるアヌーク様も、君の母上であるイレーヌ様も、その死因には不可思議な点が残されていたわけだ」


 はい?


「ブザンヴァル王国から独立したホーエンベルグ公国だけど、独立したのはツェルナー王国との激しい戦で勝利に導いた功績による物だし、元々ホーエンベルグはブザンヴァル王家に忠義が厚い家だったんだ。だけど、独立して百年経つうちに、我が王国の属国のような立ち位置に嫌気がさし、自ら言い出した各代に一人は必ず王国の血筋を取り入れるという約定についてもおざなりになった。大恋愛の末に、公家の血を引いている辺境伯へと嫁いだアヌーク様だけど、実際にあちらに愛情があったかどうかはわからない」


 はあ?


「結局、ブザンヴァル王国からの完全なる独立を目指すホーエンベルグの貴族は、ツェルナー王国の甘言に乗ることにした。だからこそ、アヌーク様もイレーヌ様も年若くして亡くなり、侯爵家嫡男から婚約破棄を宣言された君は、その後、自分より60歳は年上の大公の元へ嫁ぐことが決まっていた。公家の血筋に王国の血筋の者が嫁げば問題ないと豪語するつもりでいたんだろう」


 マジですか。


「元々、ツェルナーとの緩衝地帯となるためにホーエンベルグは独立を認められたのであって、我が国ではなくツェルナーと手を結ぶというのならば、話が違ってくる事になる。そもそも、最近の公家の傲慢さと民の疲弊ぶりを見て、介入しなければならないとは思っていたところなんだ」


「それじゃあ、結局、ホーエンベルグ公家はどうなったんですか?」

「我が王国が大使を送ると聞いて、ツェルナー王国の姫との婚約を破棄する手続きは進められていたようなのだが、まだ、両国間の話し合いは途中のままだった。だから、身分を剥奪した上で、婚約者の元に家族共々送り出してやったんだよ」


 ダーフィトさんは長い足を組んで、皮肉な笑みを浮かべました。

「辺境伯夫人の実家はツェルナーとズブズブの関係だったから潰したし、そもそも夫人がアヌーク様を殺したのではないかという嫌疑もかかっているから離縁させて、今は裁判が行われるのを待っている状態だね」


「それじゃあ伯父様は?」

「ツェルナー王国からの防衛のために置いているのだからね、辺境伯自身はツェルナーとの関わりは認められなかったから首の皮一枚で繋がっているところだけど、子爵位への降爵処分は決定している。それに君のところのウェルスナー家は爵位だけ残して君に委譲し、家族全員平民落ちにして、使用人も含めてツェルナーへ国外追放しているよ」


 おおおおお!テンプレ通りの展開!!とはいえ、今まで私を虐げ続けて来た人たちが平民落ちからの国外追放、思ったよりも心躍ります!!。


「君の元婚約者もまた、平民落ちして国内には居場所がないという事で、どこかの商会に就職したらしい。アルテンブルグ侯爵家は散々しのごの言っていたけれど、王国への謀反は息子の単独だとして、男爵位にギリギリ残った感じ。ちなみに、ホーエンベルグの貴族はシャルルの意向で半分以下に減らすらしい」


 おおおおお!完全なるざまあ展開ってやつじゃないですか!


「これで、ブザンヴァルはステファン兄上、ホーエンべルグはシャルル兄上、しばらくの間ラテニアは僕が面倒を見て、安定した治世を目指すというわけさ」


 私、思わず拍手しちゃいました!

 これぞ大団円って奴ですね!


「それにしても、ラテニアにしてもツェルナーにしても魔石の鉱山を狙って戦争を仕掛けて来たんですよね?魔石って物凄く身近にある必需品になっていると思うんですけど、この世界に魔石のリサイクルとかないんですか?」

「魔石のリサイクル?」

「そもそも採掘だけに頼っていたら、いつかは掘り尽くすのは目に見えているじゃないですか?だから、魔石を太陽に当てるとか、神聖なる湖に浸すとか、パワースポットにしばらくの間置くとかして、不思議なパワーをもう一回再充填するみたいな?そんな方法とかないんですか?」


 ファンタジー物だったら、魔石っていえば魔物の体内の中にあったりするんでしょうけれど、魔法とかそういうものがないこの世界では、鉱山の地中深くに埋まっている特殊な石を魔石と呼ぶみたいです。


「魔石って、多分、地中の不思議パワーを取り込んで、電気みたいな力を蓄えるのだと思うんですけども、充電池みたいに何度も使えるように?パワーを取り込む何か方法とかあると思うんですけど?」

「それについて、どんな方法があるか、想像できる範囲でいいから詳しく教えてくれる?」

キラリッと目を輝かせると、ダーフィトさんはメモ帳と、最近開発に成功したペンを取り出して、私の方へ期待に満ちた顔を向けました。

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