第13話
ブザンヴァル王国に戻る船に乗る前に、僕は自分の部下にアグライア・ウェルナーについてもう一度調べるように命じる事にした。
そうして、アグライアが失踪した後の伯爵邸の様子もつぶさに観察するようにと庭師のベンを潜り込ませているが、もう一人か二人くらい使用人として潜入させてもいいだろう。
ホーエンベルグ公国でやるべき事はやったつもりだが、想像以上に動き出すのが早くなりそうだ。帰ったら忙しくなりそうだなと考えていたのだが、別の事案で忙しくなるとは思いもしなかった。
「椅子は出来たらリクライニングシートがいいんですけど、ここの世界じゃ無理ですよねー〜」
リクライニングシートとは、背もたれの角度が調節できる椅子の事のようで『しゃんぷ〜だい』を使う際には是非とも欲しい椅子となるらしい。
アグライアは羊皮紙に絵や図を書いてどういったものなのか説明してくれるので、職人にも話が通じやすくて丁度良いのだが、
「羊皮紙をこんなくだらないお絵かきに使って申し訳ないわ・・あああ・・紙があれば低コストでバンバン使う事が出来るのにー〜―」
と言い出したので、紙とはどういったものなのかを聞き出し、あらゆる伝手とコネを使って探し出す事に成功した。
化粧水(へちま水)にしても紙にしても、味噌やら醤油なんていう調味料についても、探してみたら案外見つかるものなのだが、これはこういうもの、あれはこういう味付けという風に固定観念に固まりまくっている僕としては、アグライアが発する一言、一言が、大金を生み出す貴重なアイデアの種のように見えてくる。
アグライアが現れるまではオイルを塗って優しく撫でまわすようなマッサージしか存在しなかったのだが、グイッと指を押し入れるような、骨をグキッと音を立てて整えるような、過激なアグライア考案のマッサージは我が国に革命を引き起こした。
彼女が施すヘッドスパなど、紳士のみならず淑女の心もガッチリゲット。
「歳をとると女性の頭頂部も薄くなる現象が起こるじゃないですか〜、あれも年齢を重ねるうちに皮膚が硬くなり、血行が悪くなるのが原因なので〜、やっぱり女性もヘッドスパは有用だと思いますー〜」
この言葉を聞いて目がギラギラ光だした女性陣を見て、女性もまた脱毛や薄毛に悩むこともあるんだなと改めて知る事になったのだ。
美容関係は金になる。宝石やドレスを購入するかのように金を落としていくから、貴族向けの商品開発を急ぐ事にした。
前世の記憶があるというアグライアに、
「化粧水を売るとしたら、どういった形態で売っていたのか書いてもらえるとありがたいんだけどー〜―」
と、ちょっと甘える感じでお願いしたら、スラスラ〜と5種類の瓶やロゴのデザインなどをアグライアはかき記した。
「金持ちにはオシャレな瓶で販売ですか!このロゴもめちゃくちゃ洒落ているじゃないですか!これ!絶対に売れますよ!」
へちま水はアグライアが言うところの前世でも売られていたそうで、ヘチマの茎を絞って作っている化粧水だけに安価で売られていたらしい。田舎の農村で、肌荒れの薬代わりに塗って使っていたものを仕入れてきたのだが、まさかこれが大当たりするとは思いもしない。
「私はあくまでマッサージ師なので、オーガニック化粧品を自分で作った事もないので、美容部門で一発当てる事は出来ないだろうなあって思っていたんですけど!お助けキャラのダーフィトさんがいて良かったです!」
アグライアはたびたび僕のことを『お助けキャラ』と言うのだが、この響きがどうにも僕には納得出来ない。
「だって、いつでもどこでもアグライア様を助けているじゃないですか?」
なんてウルスラにも言われるのだが、なんでだろうな?キャラって響きが嫌なのか?
アグライアは当初の目的通り、王都に店を構えた。
一軒目は商会の近くの一等地に、金持ちの客のみが利用する事ができる店舗はアグライアにとって金を稼ぐための手段であり、ニ軒目の店舗は下町の近くで、庶民にも受け入れられやすいように配慮したもの。簡易のマッサージ部屋の他にもリハビリテーションルームまで作り出した。
下町近くの店を主要店舗とするらしく、彼女は自分が夢見た通りに、イケメンを探して店の近辺を徘徊するようになった。
そうしてイケメンなどは見つけられず、孤児を拾って歩く日々が始まる。
何故、彼女が道端にイケてるメンズが落ちていると考えたのか全く理解できないが、今、王都では、孤児と退役軍人が溢れかえっているような状況のため、孤児と退役軍人だったら散歩の途中でいくらでも拾える状況となっている。
「ダーフィト様!アグライア様の拾い癖をなんとかして頂かないと困った事になりますよ!」
ウルスラが悲鳴のような声を挙げたが、今の状況で拾って歩いていたら、すぐにも家がパンク状態になるだろう。
まあ、これも良い機会だと思う事にして、マッサージ学校兼孤児院と退役軍人のリハビリ施設兼職業訓練学校を作り出し、アグライアの帳簿に借金としてかかった費用を容赦無く計上した。
「ううう・・私の借金・・天井知らずになっているんですけどぉ・・・」
と、アグライアは泣いていたが、彼女に借金がある限り、僕のところから逃れる事など出来ない事は間違いようのない事実。
本当のところは他で十分に儲けさせてもらっているし、借金を返済させるつもりはカケラもないので、無理をさせないようにウルスラをはり付けているのが現状だ。
ホーエンベルグ公国でのゴタゴタが目障りではあるが、一発で簡単に終わらせて、彼女が今後関わる事がないように差配しよう。
やはり舞台は舞踏会場。
公家主催の舞踏会で彼女が婚約破棄をされて、頭からワインをかけられた。これが全ての始まりだったのだから。
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