第12話
ダーフィトさんは煮込みハンバーグが大好きだ。
クズ肉を包丁で叩いて叩いて微塵切りにして、炒めた微塵切りの玉ねぎとパン粉を混ぜ合わせて軽く焼き、熟しきってベチョベチョになったトマトと一緒に鍋で煮込む。
アバレンシア大陸から仕入れてきた調味料の中に、味噌と醤油らしきものを発見してから、我が家の料理は塩・胡椒味から離脱することに成功した。
マッサージ学校兼孤児院の食堂には私考案のメニューが多いため、ダーフィトさん以外にも商会のスタッフさんや、退役軍人の方も食べにくる。かなり安い値段で食べる事が出来るため、お酒が飲めないことと子供が騒ぐことが我慢できるのなら、お得に飲食することが出来るのだ。
ここまで順調に進められたのも、全てはお助けキャラであるダーフィトさんのおかげである。彼が用意してくれた従業員は素晴らしい人たちで揃えられているのだ。
「ダーフィトさん、帳簿を持ってきましょうか?」
出資をしてくれているダーフィトさんには、私の経営する店舗の帳簿も確認してもらっている。やっぱり学校とリハビリ施設は赤字路線のままだから、なんとかしなければならないという焦りは私にもかなりある。
「今日はいいよ、それよりもこの後、おすすめのカフェに珈琲でも飲みに行かないかい?」
食事を終えて走り回る子供の数は二十人を超えている。
大所帯になっているのを呆れた様子で眺めていたダーフィトさんは、私の方へ笑顔を向けた。こういううさんくさい笑顔を向ける時って、ロクでもない事が起こる前触れでもあるのだけれど。
屋敷に閉じこもり状態の私は知らなかったのだけど、この世界には魔獣もいないし、冒険者ギルドもない。鉱山から取れる魔石を使って街灯を灯したり、家の中を照らす電灯を灯したり、シャワーのお湯を作ったりと、魔石は生活必需品となっている。
ブザンヴァル王国にも魔石が採掘出来る鉱山があるんだけど、この鉱山を狙って隣国ラテニア王国が戦争を仕掛けてきたのが二年前の事で、戦争に勝ったブザンヴァルはラテニアを併合したのは良いんだけど、元々経済危機に陥っていたラテニアを吸収、立て直しをするのに結構な時間とお金がかかりそうなものだから、王国としてもてんてこ舞い状態らしいです。
私が住んでいたホーエンベルグ公国にも魔石の鉱山があって、結構な数の魔石が採掘されているようなんだけど、そこに目をつけたのがホーエンベルグの隣国となるツェルナー王国。エルンスト公子がツェルナー王国のマグノリア姫との婚約を決めたわけです。
公国はブザンヴァル王国から独立した国という事になるんだけれど、約束事を守った上で認められた独立なのだそうで、今、公国とブザンヴァル王国との関係がグラグラと揺らいでいる状態となっているのですって。
色鮮やかなガラス細工がほどこされたランプが灯りを灯す、落ち着いた雰囲気のカフェの個室へと案内された私は、食後のスイーツとばかりにダーフィトさんが注文してくれたケーキを頬張っていると、珈琲を飲んでいたダーフィトさんがそんな私を見て、小さな笑みを浮かべた。
「そんなに美味しいなら僕も頼めば良かったな」
「本当に美味しいですよ!ダーフィトさんも頼んだらどうですか?」
「そこで『あーん』と一口お裾分けしてくれてもいいんだよ?」
「無理です、もう食べ終わっちゃいました」
空になった皿を見せると、彼は残念そうに肩をすくめてみせた。
私の秘書みたいな感じになっちゃっているウルスラさんも、今日は自分の部屋で休んでもらっているので、個室にはダーフィトさんと私だけ。
よっぽど重要な話があるみたい。
「アグちゃんさ、君の御母上は現在の辺境伯の妹さんだったっていうのは知っているよね?」
「はい、ですから何度か辺境伯の伯父宛に手紙を送っていたのですが、結局、返事が届く事がなかったのです」
「辺境伯に確認を取ったところ、どうやら夫人が君の手紙を破棄していたらしい」
夫人というと辺境伯(伯父)の妻?
「アグちゃんのお母さんであるイレーヌ夫人と辺境伯は随分と仲の良い兄妹だったらしくってね、夫人は兄妹の仲に嫉妬していた。夫人の元にも君の家の継子いじめの噂が届いていたが、君を引き取るような事などしたくはなかったものだから、君の手紙は夫人が握りつぶした形となる」
私が最後に伯父に会ったのは、母の葬儀が最後だった。母の葬儀後、辺境伯家との関わりは断絶されていたと言っても良い。
「前に君は、辺境伯家は頼らないと言っていたけれど、辺境伯家は君を身内に引き入れたいと言っている。君が帰ってくるというのなら、夫人との離縁も進めると言っているのだけどね」
「なんですかそれ?」
すでに夫人と離縁したと言うのならまだわかるけど、私が行くなら夫人を離縁するって、実質私が追い出すような形になってしまうじゃないの。
「馬鹿にしているんですか?」
「頭が悪いんだと思うよ」
ダーフィトさんはクスクスと笑うと、珈琲に口をつける。
「前辺境伯はブザンヴァル王国の姫と結婚しているのでね、元々辺境伯は公家の人間だし、自分は特別だとでも思っているところがあるのだろう」
世界が自分中心に回っていれば、夫人を追い出した後に私がどれだけ周囲から軋轢を受ける事になるのか、なんて事は想像することも出来ないのだろう。
「それじゃあ、改めて聞くけど君は辺境伯、ようするに伯父さんのところへ行くつもりはないという事でいい?」
「はい、絶対に行きません」
「わかった。それから今言ったように、君のおばあさんは我が王国の姫君だという事で、君にはブザンヴァル王家の血が流れている。その為、本来なら君の家程度の令嬢が嫁ぐ事のない侯爵家との婚約が結ばれた。そもそも本来君は、エルンスト公太子の筆頭婚約者候補だったんだけど、そのことは知っているかい?」
はい?
「ホーエンベルグ公国は一代につき一人、ブザンヴァル王国の血筋を引いた者を娶ることが約定として定められている。だから、本来であれば君はエルンスト公太子の婚約者となり、王国と公国を繋ぐ架け橋となるはずだった」
はいいいい?
「だがしかし、先代の辺境伯が公家の血を引くアルテンブルグ侯爵家との婚姻であっても、何の問題もないだろうと豪語をして、君はセオドア・アルテンブルグの婚約者になったわけだ。公太子から侯爵家嫡男と婚約相手を格下にしたのも業腹だが、公太子の婚約者がツェルナー王国の姫君だというのもいただけない。更には、侯爵家は君との婚約破棄を決断し、母親が子爵身分の君の異母妹と婚約を結ぶという。アグちゃんが王国側の人間だったらどう考えるかな?」
えーーーっと、えーーーーーっと。
「めちゃくちゃ怒るんじゃないですかね・・・」
そうですよ、きっとめちゃくちゃ怒っているんでしょうね。
「という事で、ブザンヴァル王国は大使を送る事にしたようなんだ。君は渦中の姫君という事になるから、まずは君に公国まで一緒に行ってもらって、公国側の反応を見たいそうなんだけど」
「それが言っていた破格のお仕事ってことですか?」
「そうだよ」
ダーフィトさんはにこりと笑う。
「君にしか出来ないお仕事、向こうでは舞踏会に参加してもらうからすでにドレスも手配済みになっているからね?」
ダーフィトさんは稀に見るほどの美しさを誇るような銀髪の美丈夫なんですが、ランプの灯りを受けてキラキラと輝いているように見えました。普通の女の子だったらキャーーーッ!とか騒ぎそうですけど、その腹の奥底が真っ黒でぐるぐる渦を巻いているように見えるので、キャーッ!とはなりません。
「え?本当に私が行かなきゃならないんですか?」
「当事者だしね?」
「だったらダーフィトさんも来てくださいよ!」
お助けキャラなしで敵陣に乗り込むのは無理!
「ダーフィトさんが行かなきゃ私も行かない!」
腕を掴んでしがみつくようにする私の姿を呆れた様子で見下ろしたダーフィトさんは、
「僕、商人なんだけどね?」
どうしろっていうの?みたいな顔で見下ろしてくるんだけど、
「出来るでしょ!ねえ!出来るでしょ!」
と、懇願するように私はダーフィトさんにしがみついた。
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