第11話

 私はネイディー・ウェルナー。ウェルナー伯爵家には私の他に異母姉が一人いるのだけれど、婚約破棄がよっぽどショックだったみたいで、その日のうちに出奔しちゃったみたいなの。

 使用人に混じって地べたに這いつくばって働いていた貴族令嬢らしくないお姉様なので、伯爵邸から出て行ったとしても、きっと何処かで今までと同じように地べたに這いつくばって働いていることでしょう。


 誘拐されたんじゃないかとか、人買いに攫われたんじゃないかなんて言われてもいるけれど、だったらなに?っていう感じ。婚約の挨拶に行った時に、

「お前がそこまでの大馬鹿者だとは思いもしなかったわ!」

激怒したアルテンブルグ侯爵がセオドア様を殴りつけるまで、お姉様が居なくなったという事がそれほどの問題になるとは思いもしなかったのよ。


「ち・・父上!これはエルンスト公太子のご配慮によってなされた婚約破棄で!」

「馬鹿者が!」

侯爵は床に転がったセオドア様を何度も蹴りつけると、

「こんなはずじゃなかった・・お前を過信していた私が馬鹿だった・・・このままでは我が家はおしまいだ・・・」

なんてブツブツ呟いた後、私の方を振り返って、

「お前は自分の姉が王国の血を引く事を知っていただろう?それを知った上でセオドアを誘惑したわけか?お前達だけが破滅するのなら笑って見守ってやるが、何故我が侯爵家を巻き込んだ!」

唾を吐き散らしながら私の肩を強く掴むと、突き放すように押し出しながら、

「このアバズレの娘をさっさと外に放りだせ!」

と、侯爵が怒鳴ると、私は侍従二人に連れられて外に放り出される事になったのよ。

 全く意味がわからない!


 今日はセオドア様が伯爵邸まで迎えに来てくれたので、私は侯爵家の馬車でここまで来たの。帰りの馬車を用意される事もなく、侯爵邸の門の外に押し出されるなんて信じられない!

「侯爵様といえど無礼にもほどがあるわ!」

 私がプリプリしながら怒っていると、調度通りかかった最高級の馬車が私の前で停車したの。

 中にはエルンスト公太子が乗っていて、

「ネイディ、お前の姉は見つかったのか?」

と、窓を開けながら問いかけてきた。


 私はエルンスト様の整った顔立ちを見上げていたのだけれど、せっかくだから邸まで送ってもらおうと考えた。

「わかりました、お姉様の事ならお話ししますので、私を伯爵邸まで送ってはくださいませんか?」

 エルンスト様は少し考えた後、護衛の兵士に私が馬車に乗るのを手伝うように命じたのだった。


 エルンスト様は太陽を溶かしたような黄金の髪に碧玉の瞳を持つ、女性達が歓声をあげるような美丈夫なのだけれど、その整った顔は軽薄そうにも見えるため、私としてはエルンスト様よりもセオドア様の方が好みだったりする。


「セオドアは廃嫡される事が決定したようだな」


 エルンスト様は自分の爪を齧りながら不機嫌そのものの様子で言葉を漏らしたけれど、私は全くその言葉の意味が理解出来なかった。

「セオドア様は、侯爵家のたった一人のお子となるのではありませんか?」

「侯爵は家督を弟へ譲る事としたらしい」

「まあ!」

 だからセオドア様を殴ったり蹴ったりしていたのかもしれないわね。

「侯爵家に何か不祥事でもあったのでしょうか?父親の責を息子がかぶる形での廃嫡だとしたら、セオドア様が可哀想すぎますわ!」

「不祥事といえば不祥事だが、お前は何も知らないのか?」

 エルンスト様はじろりと私を睨みつけると、問いかけます。

「それで?アグライアは見つかったのか?」

「お姉様ですわよね?」

 あの後、舞踏会を楽しみ、家族揃って家へと帰ってきた私たちは、その日、お姉様の様子など確認せずに寝てしまい、次の日の朝になってようやっとお姉様が居なくなっている事に気がついたのだった。


 慌てたお父様は屋敷の者にお姉様を探すように命じたけれど、お姉様の姿は何処にもない。公都全域にまで捜索の手を伸ばしたけれど見つからず、乗合馬車などで移動した事も考慮して探してみても見つからない。六十歳の歳の差となる大公へ身売りをさせる予定だったのに肝心のお姉様が居なくなったとあって、お父様もお母様も顔を真っ青にしているのでした。


「東へと向かう乗合馬車に乗ったようだと報告も受けておりますし、今日、明日中には見つかるんじゃないかとお聞きしていますけれど」

 エルンスト様のご機嫌を考慮して、私は完全なる嘘をつく事にした。


 お姉様は辺境伯が治める西の領土かブザンヴァル王国がある東に向かったか、どちらかだろうと言われていたのだけれど、先日、西の辺境伯のところへは現れてはいないとの手紙をお父様が受け取っていた。そのため、お姉様が東に向かっていると見当をつけて、もうすぐ捕まるだろうと申し上げたわけだけど、エルンスト様はあからさまにホッとした様子で私の方を見た。


「十日後にブザンヴァル王国の大使が我が国を訪れる事となっている。アグライアは王国の血筋を引くため、今回の婚約破棄については御下問を受ける事となるだろう。歓迎の舞踏会にはお前とセオドア、アグライアの三人で出席して、姉妹間の関係は良好であるとアピールしてもらう事になる」

「ですが、セオドア様は廃嫡されるのですよね?」

 平民落ちのセオドア様のエスコートを受ける事になるのは流石に嫌なんだけど。

「大使に上手く取り入れば、セオドアの廃嫡は取り消される事となるだろう。お前がアグライアを上手く操作できるかどうかにかかっていると思え」

「お姉様をですか?」

 陰気くさいお姉様は我が家の最下層に位置する人ですから、操作もなにも、言うことを聞かせるのは簡単な事ではありますけれど。

「エルンスト様はツェルナー王国のマグノリア姫をエスコートされるのですか?」

 公太子であるエルンストは隣国の姫君と婚約関係にある。

 確か今頃の季節には毎回、公国を訪問されていたはずなのだけれど。

「マグノリアはいない」

「そうなんですか」

 何か御用事があって帰ったという事なのでしょうね。

 それにしてもお姉様が、早く見つかると良いのだけれど。

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