第10話
お母様が亡くなってから、私の生活は一変した。
今から考えれば、ああ、これこそ『悪役令嬢系物語』の真骨頂、母が亡くなった後すぐに後妻とその子供を家に招き入れて、私は後妻とその子供に全てを奪われる形となった。
令嬢としての最低限の生活を保障されるという事は一切なくて、容赦なく使用人部屋が並ぶ部屋の端に位置する物置小屋へと入れられて、次の日から、使用人と同じように働く事を強要された。
使用人と同じように働いているのに給料が出ない、食事は使用人が食べている残り物が用意される。衣服はサイズが合わないメイド服が用意されて、家庭教師が来る日と、婚約者であるセオドア様が来る時だけは、伯爵令嬢が着るにしては粗末すぎるワンピースドレスが用意される。
私に同情的だった使用人はすぐに辞めさせられて、義理母におもねる使用人のみが残る形となる。
侯爵家の嫡男であるセオドア様は、身近にいる女の子と比べるといかにも粗末にしか見えない私を嫌い、そのうち伯爵邸を訪れても私には会わずに異母妹のネイディーとお茶会をするようになった。
そうなってからは甘いお菓子を口にする機会を失われた。
「アグライア・ウェルナー伯爵令嬢、貴女との婚約はここに破棄する事を宣言する!」
舞踏会場で宣言されて頭からワインをかけられた時に、ああ、そういう事かと腑に落ちた。これぞよくある『悪役令嬢系物語』ここまで来るのが嫌に長かったし、本当に辛かったなぁと思わずにはいられない。
私に同情的な御者だったのも幸いして、舞踏会場を飛び出した私は早速、伯爵邸を飛び出す事を決意した。
たまたま庭師のベンに会いに来たという男、ダーフィトさんは商人だという事で、私はその日のうちにホーエンベルグ公国から脱出することが出来たのだ。
ダーフィトさんはどうやらお助けキャラのようで、
「うちの従業員の寮に入れてもいいんだけど、アグちゃんは身分が身分だからね〜」
と言って、商会が貸し出し用に所有しているタウンハウスへと私を連れて行くと、今後の予定について話し合う事になったのでした。
私としては小さな町でマッサージ店を構えて地域住民とのほっこり生活を送りながら、道端でイケメンを拾って店で働かせて、二人で愛を育んでいくというテンプレ展開を求めているのだけれど、
「アグちゃん最初からそれでいくと、おそらく一生借金が返せずに終わると思うよ?」
と、ダーフィトさんは言い出しました。
そもそも、マッサージベッドを特注するだけで結構な金額になるし、そこから店舗の購入、内装整備、顧客獲得までの期間、などなど考えて、店を持つまでにまずはお金を稼ぐ所から始めてはどうかと言われてしまったのだった。
「まずはお金持ち向けに『フェイシャルマッサージ』と『ヘッドスパ』をやってみて、お客さんの反応を見てみたらどうかな?僕としては君の技術はお金になると思うけど、やってみなくちゃわからない部分もあるから、とにかく試してみて、ある程度の資金が溜まってから開業を進めた方がいいと僕は思う」
お金持ちのお客さんには当てがあるとダーフィトさんが言うので、どんなお金持ちでも満足いくような仕様にするために、マッサージベッドとヘッドスパ用のシャンプー台の制作を進める事にしたのでした。
大きな商会の経営者でもあるダーフィトさんは顔も広く、私が言う事は一言も聞き逃さずに、全てに応じるだけの力を持っています。
「ああー紙があれば楽なのにー〜」
と言えば、アバレンシア大陸から仕入れてくるし、
「この石鹸にもっと潤い成分を加えたらシャンプー石鹸になると思うのにー〜」
と言えば、石鹸とオイルを配合して新しい石鹸を作り出してくれるし、
「羽ペンイヤー〜―!ガラスペンか万年筆かボールペンがあればいいのにー〜」
と言えば、全く当てにならないうる覚えの構造を私から聞き出して、商品開発に乗り出してくれるのだった。
なんて素晴らしいお助けキャラなの!
ダーフィトさんが紹介してくれたマリア様もモア様ノア様も、私の事を専属で雇いたいとまで言ってくださるほど良い人たちでした。ですが、私の目標は自分の店を構える事なのだと説明いたしまして、ダーフィトさんの力をお借りして、ブザンヴァル王国に移動してから半年後に、なんとか自分のお店を開店することが出来ました。
とにかくここまで来るのも大変だったけれど、ダーフィトさんへの借金が凄いことになっているのは間違いようのない事実。
「ダーフィト様への借金なんて、アグちゃんは踏み倒すくらいのつもりでいればいいんですよ!」
と、私にここまでついて来てくれたウルスラさんが言ってくれるけれど、いやいや、踏み倒したら駄目でしょう。
こうなったら道端でイケメンを拾って、イケメンによる集客力をアップさせて、我が店の戦力として働いてもらおう。きっと、見かけは素晴らしいのに埃まみれで煤まみれ、ズタボロの服を着て座り込んでいるんでしょうから、見つけるのも簡単なはずです。
完全なるテンプレ展開だったら大概第一日目に見つける事が可能だと思うもの。
「アグちゃん、今日もイケメンじゃなくて、その兄妹を連れて帰るんですか?これで五人目ですよ?」
「う・・うん・・だって、もう三日もご飯も食べていないっていうし、お家もなくて道端で寝ているっていうんだもの」
「拾ったら最後まで面倒を見る、アグちゃんはきちんと面倒を見る覚悟があるんですね?」
「は・・はい・・面倒みます。イケメンを拾ったら、その人と一緒に育てていきます」
「結局、今日もイケメンは落ちてはいなかったようですけどね」
若干呆れたような顔でウルスラさんが私を見ているのは分かっています。
分かっているけど、やめられないんです。
「お姉ちゃん、お腹すいた・・・」
「俺はいらないから、妹にだけでも恵んでくれると嬉しい」
五歳の兄と四歳の妹、お父さんが戦争で亡くなって、その知らせを聞いたお母さんは病で臥せってそのまま亡くなってしまい、大家さんに家から叩き出されてひと月ほどが経ったのだと言います。
ここブザンヴァル王国は隣国ラテニアとの戦争に勝ち、併合する事になったのですが、戦後の不景気真っ只中というような状況で、親を戦争で亡くした孤児や、職に就く事が出来ない元兵士(負傷兵含む)が王都になだれ込み、大きな問題となっているのです。
イケメンを拾えぬまま今日も五人の孤児を拾って歩いた私が家に帰ると、お助けキャラのダーフィトさんが笑顔で私を招き入れて、
「マッサージ店は順調そのものだけど、孤児の受け入れとマッサージ教育、傷病兵向けのリハビリ施設を利益度外視でやっているアグライアさん、今日も順調に五人のお子ちゃまを拾って来たのかい?」
と、満面の笑顔なのに全く笑っていない瞳で私を見つめます。
これは、融資を受けた銀行から経営状況を詰問されている時に受ける眼差しと全く同じ
ものだと言えるでしょう。
「ダーフィトさん、私、前にも言ったと思うんですけど、実家であんまり良い待遇を受けてなくって、食べ物を食べられないひもじさとか悲しさとか、そういう事は良くわかるんですよね。だから、私に出来ることがあるならば、やってあげたいなあって思うわけですよ」
幸いにも、私のマッサージ技術に憧れて弟子入りしてくる人たちが多い事もあり、子供達の面倒を見てくれる大人は結構な数いるんです。
「諸経費がかかるのは仕方がない事ですし、私がもっとソロで働けば良いだけの話ですし」
マッサージの指導はしていますが私並みのプロはまだ育てられていないのが現状なので、私はマッサージ界においてはレジェンド級の存在となっているわけです。お金払いの良いお客さんも結構な数、予約待ち状態となっています。
「休日も返上して、夜もお客さんを入れれば、それなりの金額になると思いますし」
ダーフィトさんは大きなため息を吐き出しました。
ダーフィトさんは私が小さなお店を経営しながら、道端でイケメンを拾って、二人でのんびりと働きながら愛を育んでいくテンプレ展開を求めている事を知っています。
だというのに、上客向けのマッサージ店の他に、簡易マッサージとリハビリ施設を併設した店を二店舗、もはや孤児院と化しているマッサージ学院を一店舗所有している形となるため、のんびりどころかメチャクチャ忙しくて目が回りそうです。
この状況で、個別にケアをするお客さんを増やしてしまったら、おそらく過労死するでしょう。
あれ?これは異世界に転生!違う世界で前職活かして転職してハッピー生活!じゃなかったのかしら?異世界に転生して過労死物語になってしまうんじゃ?
「お姉さん・・・」
連れてきた子供達がダーフィトさんに怯えてしがみついてくる姿を見下ろすと、
「大丈夫、大丈夫だよ」
震える肩や頭を撫でないわけにはいきません。過労死したって、この子達を守らなければなりません。自分が守ってもらえなかったからこそ、小さな子供達を私が守ってあげたいと思ってしまうのかもしれません。
「もういいよ、マッサージ学校兼孤児院については、僕に任せてくれればいいから」
さすがお助けキャラ、主人公(私)が過労死しないようにフォローを入れてくれるようです。
「資金調達も僕に任せてくれればいいんだけど、その代わり、アグちゃんには特別な仕事をしてもらわなくちゃいけない事になる」
「やります!私!特別なお仕事やります!」
即答しながらもすぐに後悔しました。
「あ・・でも・・まさか・・マッサージだけでなく、上客の夜のお相手をしろとかいうのなら、私はちょっと・・運命の道端で拾う予定のイケメンに全てを捧げるつもりなので、ちょっとそういう展開は困るんですけど・・」
マッサージをしていると意外なほどに『愛人にならないか?』みたいな事を言われるんですよねー〜。本当に迷惑―〜―。
「そういう話なら、過労死覚悟でマッサージをやった方が良いんですけど?」
ダーフィトさんの纏う空気が一気に凍りつくようになったのですが、どうやらお助けキャラとしての彼の矜持を傷つけてしまったようです。
「僕がね、今まで、アグちゃんが嫌がるようなことを勧めたことってある?」
一歩、二歩と近づいてきたダーフィトさんは、私の肩を両手で掴むと、
「ああ・・だけど・・君にしか出来ない仕事だけど、君が乗り気になるかどうかはわからないかも・・・」
と、急に元気がなくなった様子でモゴモゴ言い始めます。
「あのー、とりあえずは食事をしてから話しませんか?」
ウルスラさんが、ノミやシラミまみれの子供達をお風呂に連れて行きました。
そろそろ食事の準備も終わる頃でしょう。
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