第9話

 私、ウルスラ・バイトはダーフィト様のところで専属として仕えているのですが、今までのしがらみ全てを投げ捨ててでも、仕えたい相手が出来てしまったのです。

 私はアグライア様に、

「女性にはフェイシャルマッサージがウケると思うのよ?」

というお言葉から、施術してもらう事になり、

「これが・・・私・・・?」

あまりにも様変わりした自分の肌艶の輝きと血行の良さに、思わず悶絶してしまったのです。


上客をゲットする事に成功したアグライア様は、教師としてご自分が手にしている技術を二十人の選ばれた年若い女性たちへと教える事になりました。何故かというと、

「マリア様、モア様の専属で働くことを勧めて頂くのは有り難い事ですが、私の夢は、自分のお店を持って、道端に落ちているイケメンを拾って、二人でお店をやりながら愛を育んでいく事なのです」

ということで、VIPのみを顧客として自分一人でお金をザクザク儲けるよりも、自分の技術を多くの人に学んでもらって、マッサージを求める人に施術してもらい、マッサージを世に広めていく方が良いのだと断言。

技術を独占すれば大金持ちとなる未来をあっさりと投げ捨てて、よく分からない妄想へと夢膨らませているのです。


「そうか!君の夢を応援するのが僕の仕事だからね!」


 アグライア様の着る服から下着から何から何まで全て上質なものを用意して、アグライア様監修のマッサージベッドとヘッドスパ用の洗髪台(座ったまま髪の毛を綺麗に洗い、マッサージも受けることができる台と椅子)をすでに量産体制にする事にしたダーフィト様ですが、アグライア様に掛かった費用については、全て帳簿に記しています。


 授業に使う資料を用意する段になって、

「紙があれば良いのですけれど・・私は紙を作る技術なるものを持ってはいないので、本当に残念です・・・」

と言えば、

「それはどういった物なのですか?わかる限りで良いので教えてください」

と、にっこりと笑いながら言います。

「この世界では羊皮紙を使っておりますが、紙というものはもっと安価に簡単に作れる優れたもので、私も和紙作りの体験学習をしておけば良かったのですけれど・・・」

と意味不明な事を言いながらも『木の繊維』と『のり』なるものを混ぜて平にして乾かして作るらしいと説明してくれました。


商人としてのあらゆる伝手とコネを使ってアグライア様が言う『紙』なるものを探したところ、船で六十日ほどかかるアバレンシア大陸という所で使っているものと同じものであろうという事が分かり、試供品として購入することができました。

レシピも欲しいという事で、対応してくれた商人へ、紙の製造ができる技術者を引き抜いてくるように大金付きでダーフィト様がお願いしているのも知っています。


 そうして、ダーフィト様は紙の購入費用をアグライア様の借金として帳簿に記入。

「ああ!やっぱり私は羊皮紙よりも紙の方がよっぽど好きだわ!だけど、また借金が出来てしまったわ・・いやいや、授業をするのに講師のお給金を出してくれると言っているし、そこから借金を返していけば!」

 アグライア様は本当に真面目です。


三週間後、紙で用意された資料を片手に、アグライア様による講義は始まりました。

この講義には20名の年若い女性の他にも、マリア様、モア様、モア様の友人であるノア様まで参加しています。私も居ます。

 もちろんダーフィト様も参加されていますが、アグライア様が用意した資料を見て驚愕するお歴々を見て、何故だか自分が鼻高々となっています。


 講義が行われたのは、マリア様とモア様がマッサージの施術を行った離宮の一室であり、

「皆様、はじめまして。私はアグライアと申します。隣国で貴族の令嬢として暮らしていましたが、大きな舞踏会場で、婚約者を異母妹に奪われ、婚約破棄を宣言された過去があります!」

これがアグライア様記念の第一声となります。


「異母妹を溺愛する両親は、私を庇おうとはいたしませんでした。今の現状では、女性とは親の言う通りにするもの、結婚してからは夫に尽くし、夫やその家族、ひいては自分たちの子供の為に生きろと言われて育ちます。自分の親や、結婚する伴侶がまともな人間であれば、そのような意見に従って生きる事に不満が生じる事はないでしょうけれど、もしも親が子供にまともに食事も与えないようなクズだったら?伴侶となる相手が婚約者の妹にまで手を出すゲスだったら?」

 マッサージの講習会のはずなのに、ど初っ端からそれですか。

「女性の権利が確立していない今の世の中で、私たちが誇りを持って立ち続ける為に必要な武器は何なのか?それは、知識と技術です。私はこの武器を持って、今、皆様に講義をする事ができるほどの身分を手に入れました」

 アグライア様はそう言って皆様の顔を一通り、ゆっくりと見ていくと、

「私は今から貴女様達に、今後の人生で困らない武器を提供いたします。それをどう活かすかは、今後の貴女たち次第ですわ!ではまず、資料の1枚目から見ていきましょう」

と言って一枚目を手に取ると、生徒達の息を呑む声が聞こえてきます。


 一枚めには、皮膚が三層からできていること。

 紫外線なるものが皮膚にダメージを与え、シミやそばかすの原因となること。

 肌のダメージを抑え、血流を良くするためのマッサージを施術するには、顔の筋肉の走行、神経の走行を学ぶ必要があること。

 またヘッドスパについても説明書きが記されており、遺伝による脱毛は両サイドからはじまるが、頭頂部の脱毛については血流の循環を良くすることと、保清と保湿を保つことがある程度の脱毛を防ぐ事など、首から上をメインとした講義内容となっています。


 アグライア様はダーフィト様が説明をした通り、マリア様が高級娼館のやり手のオーナーであると信じています。

そのため、高級志向のお客様を性的な意味以外でもおもてなしする事が出来るように、元貴族で揃えた令嬢達にフェイシャルマッサージとヘッドスパを伝授するようにと、ダーフィト様よりお給料付きでお願いされています。


 アグライア様による研修は5日を予定しておりました。

 せっかくアグライア様が来ているのだからと、自分たちもマッサージをしてもらう気満々のお歴々を見て思いました。

「アグちゃんのお給料をきちんと確認しなければなりませんね」

 ダーフィト様は元々ケチな方ではないのですが、アグライア様が自分の手元に残るように借金漬けにしようとしている魂胆が伺えます。

 決して悪い人ではないのですが、アグライア様がただ働きをしないように、チェックするのが私の役目。

 変わり者のアグライア様をお守りするのも私の役目となるのです。

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