第8話
私には和紙を作る技術はないし、万年筆やガラスペンの構造なんかも知らないし、基礎化粧品や、シャンプー・コンディショナーを作る技術なんかもありません。
「完全なる資格マニア!」
「そこまで資格にお金と時間を投資する意味がわからない!」
生前はそんな事を友人に言われるほどの凝り性で、気がつけが彼氏も居なければ、結婚相手もいない。子供もいなければ、まわりに誰もいない。
三店舗経営はしていたけれど、従業員たちが、
「結婚が決まりました!」
「子供が出来たんです!」
と報告に来るたびにご祝儀を包んでいた、いわゆるご祝儀貧乏で、
「私には患者さん達やおじいちゃん、おばあちゃん達の笑顔があるから大丈夫!」
なんてことを空元気で言っていた過去があるからこそ、今世では完全なる孤立状態でいたとしても平気でいられたのだと思います。
だからこそ、婚約破棄からの国外追放、その後は田舎町に引っ込んで、道端に倒れているイケメンを拾って二人だけの愛を育むっていう展開を夢みているのは仕方がない事なんじゃないですかね。
「まずはアグちゃんが店を持つにあたり必要なことは、大金を落としてくれる上客をゲットする事だと思うわけ」
ガチガチの鉄板筋をほぐす事に成功したダーフィトさんは、ウェルナー伯爵家を飛び出して平民となった私の事を『アグちゃん』と呼ぶようになりました。
「最高の客からの信用は、アグちゃんの技術の保証となることは間違いないから、まずは『フェイシャルマッサージ』と『ヘッドスパ』から始めよう」
私に弟子入りする事となったウルスラさんもダーフィトさんの意見には賛成のようで、後ろの方で小さくうんうんと頷いています。
「だとすると、上客を唸らせるためには色々と用意しなければならないかと思います」
こちらでもアロマオイルを使ったオイルマッサージなるものがあるので、このアロマオイルは私も欲しいです。リラックス効果を出すために香木を焚いてもいいですよね。
マッサージベッドも必要ですし、ヘッドスパ用のシャンプー台も必要となるでしょう。
こちらでは石鹸やオイルなどは普及しているので、あらゆる石鹸、あらゆるオイルをダーフィトさんに集めてもらったのですが、その中に庶民が使う肌荒れ防止薬として『へちま水』が紛れ込んでいたのはラッキーでした。
糸瓜の茎から絞り出した『へちま水』は肌荒れや日焼けによるしみそばかすを防ぎ、肌荒れを防止してくれる成分が入っているので、
「こんな農民が使っているようなものを使って大丈夫なのかい?」
と、ダーフィトさんは心配していたけれど、ウルスラさんが良いって言うんだから、良いって事にしておきましょう。
上客むけに製品開発(といっても、石鹸とオイルを混ぜ合わせたり、椿オイルを髪の毛用、顔に塗る用に分けて用意したり、へちま水を用意しただけ)をして、ブザンヴァル王国では有名!と言われている工房でマッサージベッドを作ってもらい、ヘッドスパ用の台は鋳物鋳造の工房で作ってもらって、さあ!上客をとりあえずはゲットだぜ!と勢いこんで行ったところが、昔、最高級の娼館として使われていたというあまりに豪華な建物で、
「まあ!貴女がダーフィトが言っていたお嬢さんなのね!会えて嬉しいわぁー〜!」
と言って出迎えてくれたのが、この国で最高の娼館を取り仕切るレディ・マリア様。
実年齢が何歳なのかは分からないけれど、蜂蜜色の髪の毛を結い上げた恐ろしいほどの美人であり、ムッチリボディを包むドレスの紫色は、プルプラ貝から染色された超最高級素材である事がよくわかります。
この国では娼館をまとめるトップがこのレベルなのか・・・と考えていると、
「こちら、私のパトロンのモア様!モア様も貴女と会えるのを楽しみにしていたのよー〜」
上質なプールポワンにショース、漆黒ホーズに身を包んだ、やや小太りで壮年の男性がこちらの方へやってくると、
「ヘッドスパなるものを楽しみにしていたのだよ」
と気さくに言いながら、少し薄くなってきている白銀の髪を撫で付けた。
結果的には、モア様はヘッドスパの他にもフェイシャルマッサージにも興味を持たれ、レディ・マリア様もフェイシャルマッサージの他にヘッドスパにも興味を持たれてて、最後には、
「私も鋼の凝りがアグライア嬢のおかげですっかりなくなりまして〜」
というダーフィトさんの言葉から、全身マッサージまで受けたお二人は、るんるん顔で私たちにお茶を振る舞ってくれたのだった。
この世界では石鹸だけで全身から髪の毛まで洗うのだけれども、髪の毛に関しては、椿オイルを混ぜたシャンプー石鹸なるものを用意したので、お二人はこちらについても、とっても気に入ったようだった。
そうなったら商売の話になるのでダーフィトさんが前に出てくる。
今回使ったのは椿オイルだったけど、この世界にはアボガドオイルやらココナツオイル、マカデミアオイルやオリーブオイル、ローズヒップオイルやホホバオイルもあるため、オイルと石鹸の配合分率やら、顔に塗るオイルなら少量でこのような効果(多く塗りすぎるとニキビが増える。ウルスラさん実践)など、プレゼンが行われていき、マリアさんは、購入できる限りのへちま水を購入して、ほくほく顔となっている。
「それで?アグちゃんはこれからどんな風に働きたいの?」
モア様は気さくな方で、私の意向を重視してくださると言ってくださった。
そこで、ダーフィトさんが、この国の傷病兵の雇用問題とか、リハビリの重要性とか、今後の雇用拡大を考えれば、リハビリテーションの技術の普及が必要だとか、あまりにも志の高い事を言い出したので、
「まあ・・・・」
と、お二人は思わずといった感じで絶句したのだった。
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