第6話

ダーフィトさんと入れ違いに入ってきたのは、褐色の髪にエメラルドの瞳を持つ、右目下の泣きぼくろがやけに色っぽい、ウルスラさんという名前の女性で、

「この部屋の中のものは何でも使って大丈夫です、また、船酔いが酷くなったらいつでも声をかけてくださいね?」

と、手際良く私の髪を洗い、体を拭いてくれたウルスラさんは、新しい寝衣に私を着替えさせると、軽食を置いていってくれた。


 すでに深夜で、船は港を出発した為に結構揺れている。

 私は転生前から三半規管が強かったのか、船酔いはしたことがないので、今生でも大丈夫みたい。


「はーーーっ」


 ため息をつきながらベッドに腰掛けて頭を抱える。

 普通、悪役令嬢系物語であれば、隣国の王族に連れ去られた悪役令嬢は、王族に見初められて結婚し、本国に残してきた元婚約者と異母妹(または異母姉)をギャフンと言わせるんだろうけれど、私を連れ出したのは商人なので、ここで自分の価値を提示しないと、異国で放り出されることになる。


 伯爵令嬢(悪役令嬢)から娼婦へのジョブチェンジはどうあってもしたくないので、やり手の商人に自分の価値をアピールする必要が絶対にあるわけよ。

 私が罪人(冤罪だけど)じゃなければ、ダーフィトさんやウルスラさんにお願いして商会の下っ端として雇われるなんて事も出来たんだろうけれど、何しろ、ホーエンベルグ公国のエルンスト公太子に盗人扱い(冤罪だけど)されているからなぁ。


「君は世界を変えられる!」


くらいのアピールをして認められないとまずいんだろうけど、前職マッサージ師、どうやっても世界は変えられない。

「とにかく・・王族じゃなくて商人ルートに入っているわけだから、悪役令嬢、婚約破棄からのザマア展開じゃなくて、転生前の記憶を活かして異世界で転職、楽しくお仕事しながらハッピー生活・・・を・・・送る的な・・・・」


 無理じゃねえ?

 いやいやいやいや、私ならやれる!私ならやれるはず!


 私は高校卒業と同時に『カイロプラクティック』の学校に通って資格を取り、数年働いた後に資格が取りやすくなったという噂を聞いて『柔道整復師』の学校に行って資格を取り、数年働いてから、民間資格だったけど『マッサージ師』の資格を取り、そこから数年働いてから、銀行の融資を取り付けて自分の店舗を立ち上げる事にしたわけよ。


『カイロプラクティック」だけでも『柔道整復師』だけでも独自性を出すことが出来ず、そこに『マッサージ』と高齢者向けのリハビリ施設も併設する事で、地域に特化した店舗にする事が出来たのよ。

ああ、働いているばっかりの人生だったけど、マッサージとリハビリに関しては一家言持っていると言えるだろう。


「そうよ、ワタクシにだって出来る事はある!」


 ああ、前世と今世が混ざり合っていくような感覚。

 私が与えられた船室にはベッドと小さなテーブルと椅子が備え付けられていて、テーブルの引き出しの中には、何かを書き留められるように羊皮紙とペンとインクが入れられていた。

「そうね・・相手が商人だとしたら、銀行を相手にするような形で、プレゼンをしなければなりませんわ」

 これからの人生、ウェルナー伯爵家から解放されるのであれば、私一人で立たなければならない。そうするためには、まずはお金、お金が必要となるのだから、スポンサーをつけるために私がまずはしなければならない事は・・・


 椅子に座った私は、ランタンの小さな灯りの下で羊皮紙をテーブルの上に広げた。

「あああ・・和紙の作り方を覚えていれば世界を変えられたと思うのに、マッサージしか出来ないから、紙で世界を変える事は出来ないわねぇ・・・」

 今更悔やんでも仕方がない。体験学習的なもの、転生前には一個もやったことがないんだもの。誰しも自分が異世界転生するだなんて思いもしないんだから仕方ない。仕方ない。


「はああ・・・とりあえず人体の構造から説明した方が良いのかしら・・・」

 船がそれほど揺れないから本当に助かったわ。

 私は羽ペンを手に取って、

「万年筆とかガラスペンの構造を知っていれば、世界を変える事も出来たのに・・・」

と、口にしても仕方がないような事を言いながら、マッサージとは何か、リハビリの必要性についての説明書きを進めていったのだった。

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