第9話 戦隊物の記憶

 穏やかな気候の地方都市で育ったが街の名前は分らなかった。

駅ビルがあり、その北側が栄えていて、繁華街から少し外れた処で育った。直ぐ近くに小さい山がありミカンがなっていた記憶があった。


その都市は雪が積もった事がなく東京で積もる雪を初めて見た。それで東京に住んでいた事が分かった。


それから少しずつ思い出した。子供の頃から地方都市の洋品店の新聞のチラシなどの広告のモデルをしていた。


高校生になるとモデルか俳優になると決めていたらしい。


高校を卒業すると東京の芸能事務所に所属したが仕事が少なく四六時中ゲームをやっていた。東京にいる事は分ったが、事務所の名前は浮かんで来なかった。


暫くは親よりの仕送りで生活をしていたが、二年後に子供向けの戦隊物のオーデションに応募し採用になった。


戦隊の五人いる隊員の一人で目立たない役柄だったが一定の収入があり生活は安定した。俺は脇役で台詞もなく戦闘シーンのアクションだけだった。

毎回コスチュームを着ていて顔を出す機会はほとんどなくて夏は暑くて閉口した。


長寿番組でコスチュームを変えて長く続いた。一時期の撮影場所が朝霧高原だった。富士山の絶景場所も戦隊の仲間と散策した。その中に黒岩もいた。女優の円華もいたような気がした。記憶は其処までだった。


舞がベッドに入って来て俺の横で体を此方に向け「何か、思い出した?」と不安そうに聞いてきたので、思い出した事を話した。


「キシツが朝霧高原や駒止の桜を知っていた事は分ったね。でも黒岩という人が何故殺されたか怖いね。そして円華さんとも知り合いだったかもね?」


言われた通り黒岩が殺された理由は検討も付かなかった。

俺は円華の事は知らないと話した。


安心したのか俺の左手に縋り付き寝息を立てた。

前の夜に舞の顔と重なって見えたのは円華のような気がした。


朝方、夢で記憶の続きを見た。戦隊物の台詞合わせで出演者、スタッフが顔を合わせた。俺は台詞が無いのでただ居るだけだった。


スタッフが(今回だけヒロインの友達で出演して頂く女優の円華さんです)と紹介した。小柄で可愛い感じの女性だった。


台詞合わせが終わり、戦隊のアクションシーンの稽古に入った。円華も同席していた。当時の戦隊物の主役と準主役は若い母親から支持されて映画の主役に抜擢される男優も何人かいた。


何時ものことで新人の女優が来ると色々と世話を焼くのがその主役と準主役で、下世話な言い方をすれば体が目当てだった。


ここ何年かの間に新人の女優が数人ほどドラマに出演したがその子たちは売れないのか? 消えていった。


俺はモデルの延長で俳優になったので芝居の稽古もしたこともなかった。所属している事務所が弱小で芝居の稽古に行かせてくれなかった。

それで主役になれる要素があるのにチャンスが無く残念ねと良く言われた。


主役の男が円華に色々話しかけいたが普通に受け答えしていた。


何か真っすぐ一本芯が通った女性に見えた。


稽古が終わり帰ろうとした時、ヒロインの女優に声を掛けられた。

(円華ちゃんが話をしたいらしい。付き合ってあげて)と言われた。


指名された店に行くと二人席の椅子に座り俺を見つけると嬉しそうに手を振っていた。円華からのアプローチで付き合った。

円華に引っ張られるようにデートをした。勿論男女の関係にもなった。


それから円華は脇役などの仕事が増えて月に一度会う程度になった。


先日ベランダから見ていた駐車場からのカップルは自分と円華が重なっていたと思えた。まだ記憶が湧きだしていた。


長く続いた戦隊物の撮影が終わった。でも暫く仕事は無かったが事務所より連絡が入った。


芸能関係の仕事でないが? と言われたが、生活費が無くなりそうで引き受けた。仕事の内容は国内の少し有名な繊維メーカーが耐火服の製作を始める。

耐火服を着て色々な条件でのデーターを集めるため耐火服を着る人を探しているらしい。

秘密の話だがコスチュームのスーツや着ぐるみの仕事をしていた人だとデーターが有利になるらしい。

それで戦隊ものをやっていた俺に話が来たらしい。他に何も無いので引き受けた。


面接にメーカーの工場がある関東の町に出かけた。

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