第5話 ドライブ

 目が覚めると何時ものように舞が此方に背を向けて寝ていた。

暫く小さい背中を見つめていると、少しずつ記憶が戻り、舞と別れる時が来ると思うと愛しくなった。

舞の後ろに行き優しく抱きしめた。


「なあにー お腹が空いたの?」


「ううん、違う」


「如何したの?」


「暫くこのままで・・・・」


舞は顔を此方に向け心配そうに見つめた。


「えっ、泣いているの」


「違う! 欠伸をしたから涙が出ただけ」


 朝食を食べ終わり舞が食器を片付けながら「今日、休みだから何処か行こうか?」

話して来た。


「俺は良いけど、舞は毎日仕事して大変だから、ゆっくりしなよ」


「有難う、でも何処かに行きたい気分だから」


「じゃー 山でも行こうか?」何故山と言ったのか自分でも分らなかった。


「いいね、行こう」


 舞の運転するイタリア製の小さい赤い車の助手席に乗り込んだ時には午前九時を少し廻っていた。


首都高速から東名高速にと車は渋滞なく進んだ。


暫く走ると舞に「キシツ、あれが富士山だよ」と言われフロントガラスの右側に青い大きな山が見えた。


「見た事ある?」


「いや、分らない」といったが微かに前に見たような気がした。


「だよね、富士山は写真とか色々な処で見るから参考にはならないよね」


御殿場ジャンクションで新東名に入り駿河湾沼津サービスエリアに車を止めた。


車から降りて体を伸ばした。


眼下に駿河湾が広がり向こうに少し霞んで伊豆半島が見えた。でも駐車場の下の方に鉄板で囲われた工事現場が見えた。


かなり大きな工事らしく囲いの長さは一辺が七百メートル程あり、中に現場事務所が幾つも並んでいた。


「こんな処に建物が建つと絶景が見られなくなるね」舞が話した。


「いや、建物を建てるように思えない。地下から土を出しているので地下に何か作っているみたいだ」


「私達には関係なさそうね。さあ行きましょう」


富士、富士宮方面と書かれたインターチェンジで降りた。


「海が見たいね。そこでさっき買ったお弁当を食べましょう」


車は富士方面に向かった。


二差路を左に曲がり田子の浦方面に向かって行った。


フェリ乗り場が見えて細い道に入った。


道の左側の入江に漁船が何隻も泊っていて、その周辺は漁師町と思わせていた。


防風林の横を抜けて小高い丘を車は登って行った。


「舞、良く道が分るね?」


「前に何回か来た事があるの」


比較的空いている駐車場に車を止めた。


「確か、難破したディアナ号と言うロシアの船のレプリカがあると思う」


車から降りて左に歩道を歩いて行くと直ぐ下にそれは見えた。


三本マストの黒い船体だった。でもスケールダウンされていて中が資料室だった。


海の方に向かって歩くと海沿いに通っている遊歩道があった。


そこから階段があり浜辺に降りて行けた。


波打ち際にはテトラポットが無数に置かれていてその向こうに青緑色した海

が見えた。


丁度ベンチがあったので弁当を広げた。


穏やかな風が吹き潮の臭いがして来た。霞んだ伊豆の山々から海へ目を向けると遠いが水平線に船が何隻か止まっているのが見えた。


俺は目を凝らした。手前に大きな浮島が見えて、その上に現場事務所が幾つも並んでいた。

その先に大型クレーン船四隻が見え貨物船から大きな半円のコンクリートパネルを吊り海中に降ろしていた。

それは昨日の情報番組の特集で放送されていた海底マンションだと思えた。

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