第2話 記憶喪失

 俺が此処へ来てから今日で一週間になる。


舞(まい)の話だと閉店前の舞の店にふらっと入って来てそのまま倒れたそうだ。


俺は舞の車に乗せられマンションに来た事は微かに覚えていた。


翌日、俺は病院に連れて行かれた。診察結果では頭を打って脳震盪を起こしたが、CT撮影では異常がないと医者から言われた。


俺は記憶を失い身元を証明する物は何も持っていなかった。財布に十万円と少しの小銭が入っていただけだった。


此処に来てから三日間は病院での診察以外はベッドで寝た切りだった。心配した舞が一緒にベッドに寝るようになり、舞の方から抱き付いて来たので抱いてしまった。


記憶がなくても女性の抱き方は覚えていたようだった。


舞は寂しいようでベッドで自分の事を色々と話してきた。


洋品店は両親が経営していた。舞も短大を卒業して手伝っていた。

しかし、店が休みの時に両親が車で旅行に行き事故で二人とも亡くなってしまった。


今は店員の女の子と二人で店を続けている。


俺が来ているパジャマとジャージは前の彼氏の物らしい。

彼氏とはお金の事で半年前に別れたらしい。


両親の事故で生命保険とか事故の賠償金で二億円近い金が入り、彼氏が勝手に少しずつ引き出していたそうだ。


舞はそれでも構わないと思ったが、叔母さんが出て来て別れさせられたらしい。


俺には興味の無い話だが直にその二人には会いそうな予感がした。


「キシツ、シャワーを浴びてくるから自分の食器を下げてね」

舞は浴室に向かった。


「分かった」と俺は立ち上がりカウンターの後のシンクに皿とコップを入れた。


キシツと言う名前は舞が付けた名前で記憶喪失の前後の文字を繋げただけのふざけた名前だった。


俺は南側の居間に行きソファーに座った。


小さい仏壇に写真立が置いてあり仲の良さそうな夫婦が笑顔で写っていた。

確か舞は二十五歳だから両親は五十歳位だろう? 俺の親はと考えても思い出せなかった。自分の年も分からなかった。


脱衣室からヘヤードレッサーの音が聞こえて来た。


もうじき向かいのドレッサー室に入り着替えて出てくるのは此処一週間の生活で分っていた。


「今から店に行くから、夜は八時には帰ってくるけど、何か食べたいものない?」


「別に無いよ」


「分かったわ。出掛ける時は鍵を持ってね。自動ロックで閉めだされるから、それにシャワーを浴びてね」と言いながら舞は出掛けた。


俺は言われた通りに脱衣室に入りパジャマと下着を脱いだ。


歯ブラシを口に咥えた時に化粧鏡に自分の体が写った。


細いが上半身の筋肉が発達していて少しバランスが悪いように見えた。

顔も小さく端正だが自分の顔と体の自覚はなかった。


そして、手の平と手の甲に無数のたこが出来ていた。何かの労働者だったのか? 


シャワーを浴びてから俺が着ていた服を見ようとドレッサー室に入った。

舞がクリーニングに出してくれたのか? 手前のパイプに掛かっていた。


ビニールのカバーを捲ると黒に近いグレーのスーツだった。ワイシャツも薄いグレーだった。ネクタイは無いと舞が言っていた。


普通の人が着る服装ではないように思えた。玄関に行き自分の履いていた靴を見たが普通の黒い革靴だった。


手に取ったが少し重かった。爪先部分に金属の板が入っているようで安全靴と分かった。やはり肉体労働者か? 


居間に戻り何か手掛かりが無いかとテレビを点けた。

情報番組の特集が放送されていた。それは大手のゼネコンが海底にマンションを計画している。


海底の深さは百メートル~二百メートルの場所で水圧を考えて形状は円柱で海中が見えるように外壁は強化ガラスを使用していた。

収納人口は五万~十万人の予定らしい。


資金は各有名メーカーの合同出費でもう予約販売を開始しているらしい。

詳細とプランの内容を知りたい方と購入希望者はこちらに連絡してくださいとテレビの画面の下にテロップが流れていた。

参考に標準の世帯の価格は地上のマンションの五倍程だと説明していた。


記憶に無いのは勿論だが、夢のような話で、時代が急に変わり始めているよう

に感じた。

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