記憶を無くした俺は舞と暮していた。記憶が戻る事が舞との別れの時だった。

北宮 高

第1話  序章

 空腹で目が覚めた。ベッドの上に寝ている。


しかもダブルだ。一瞬此処が何処か? 分らなかった。


隣にパジャマ姿の女性が背を向けて寝ている・・・・・・思い出した。


タオルケットの上から小さいお尻を足で軽く蹴った。


「なあにー」と体を返し眠たそうに俺を見つめた。


「ごはん、腹が減った」


「もうー」と言いながらベッドの端に座り両手を上に伸ばし欠伸をした。

立ち上がり髪の毛を後ろで束ねながら「ごはん? パン?」と聞いてきた。


俺は躊躇(ちゅうちょ)せず「パン」と答えた。


部屋のアナログの壁掛時計を見ると針が七時三十分を指していた。


もうじき夏らしくベランダのサッシのカーテンの隙間より強い陽が差し込んでいる。


立ち上がりカーテンを開けた。眩しい光りが入ってきた。


サッシを開いてベランダに出る。


朝の涼しい空気と車の排気ガスの臭いを感じた。


此処はマンションの三階で下に車道とその両側に歩道が見えている。

車道は何時もの様に渋滞している。


歩道には駅に向かう人々が黙々と歩いている。


俺はこの人達とは違う世界にいたように思えた。

そして、この平和の状況が長く続かないような気がした。


「出来たよ」の声がして食堂に向かった。


椅子に坐るとテーブルの上に焼いたパンと半熟の目玉焼きとハムの乗った皿、それにカップスープが置いてあった。


「パンは一枚で良いの?」


「いいよ」


「お腹がすいたと言う割には少食じゃん」


「うん」と言いながら千切ったパンをスープに付け食べた。

次は卵の黄身を潰しパンに付けた。


「キシツ 随分下品な食べ方するのね? 前からなの?」くりっとした目で覗いて聞いてきた。


その顔は微笑んでいた。


「分からない?」


「まだ思い出せないのね?」


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