第7話 会議は踊る 2

「そもそもなぜ王太子殿下は魔王討伐などという危険な行為に出ようとなさっているのでしょうか?」


「それは……」


と口篭る国王に向かってさらに続ける。


「はっきり申し上げますが、魔王の討伐とはおそらくこの王太子様が想像しているような生易しい事では決してございませんよ、五体満足で帰ってこられたら奇跡と言えるかもしれません。それでもバーガ国王は私に王太子殿下を勇者に選定させたいですか?」


と、エドワードは冷たく言い放った。


「そ……そのような事は国王としても、父としても一切望んだことも命じたこともありませぬ!突然王太子がこのような事を言い出したので私も大変困惑しておるのです」


と、国王が必死になって訴えかける。

しかしエドワードは冷たい視線で国王を見据えたまま淡々とした口調で言う。


「では王太子殿下は一体何を根拠として魔王の討伐などと仰られているのかお聞かせ願えませんか?」


その言葉を聞いた国王は一瞬躊躇するような素振りを見せたもののやがて意を決したように話しはじめた。


「……実は、先日我が国へ召喚されたわけでもないのに『異世界人』が迷い込んできたのです」


「それはもしや私が召喚されたときに見に来ていた黒髪の女性の事では?」


「はい。彼女は気が付いたらこの世界にいたと証言し、事情をきくと遠い世界『ニホン』からやってきたが、自ら帰る術が無いと言うのです。ちょうど召喚の儀式を何度か行っている時期でございました故、万が一聖女様である可能性も考えまして、城で保護しておりました」


「なるほど、それで王太子殿下は彼女と面識が?」


「えぇ、王太子ももしやと思ったのでしょう。 彼女に聖女なのではないかと何度か話をしに行っていたようでしてな……よくよく思い返せばその後から王太子の様子が少しおかしかった気がいたしますな……」


「そうですか……」


と、国王の言葉を聞いて考え込むエドワード、しかし国王はさらに話を続けていく。


「しかし同じ部屋にいた護衛や侍女達の話では、残念ながら彼女はただの娘だったらしく、落胆している様子だった様なのですが、それでも時折楽しそうに笑いながらかの娘と話している姿をよく見かけていたようです、そこで何か吹き込まれたのやもしれませぬ」


「確か……彼女はユイカといいましたか」


「はい……宜しければこの場に呼びましょうか?」


「いえ……それには及びません、後日面会の時間を作っていただきたく思います」


「承知いたしました、そのように取り計らいまする」


「よろしくお願い致します。さて、本題に入りますが、魔王軍は現状どのような動きを?」



「魔王は配下の魔族に命じて世界各地の都市を襲撃しております、現在この王国の辺境都市へも既にいくつかの部隊が攻め寄せてきており、とても我が国だけで抑えることができず、隣国の軍隊と共同で対応しております」


真剣な表情で国王の話を聞いてたエドワードが静かに問いかけた。


「それで戦況は?」


「現在はなんとか防戦できている状態といえましょうか……最初は魔王軍の主力は下級魔族と魔物の群れだったのですが、最近徐々に中級や上級の魔物の姿もチラホラと確認できるようになってきておりまして、少しずつ被害がではじめたといったところですな……」


「なるほど……余り時間をかけるのは得策ではないようですね……分かりました、明日には魔王の元へ向かいます」


と突然エドワードは言い出した。


「明日?! せ、聖人様……お気持ちは大変ありがたく思いまするが、なにぶんにも召喚が成功したばかりでございますゆえに、騎士団も他国の軍も人員と糧食などの用意が整っておりませぬ、どうか今しばらくお時間をいただけませんでしょうか」


と、あまりに急な話に国王は驚きつつエドワードへ懇願する。


「そうですか、それでは仕方ありませんね、次に魔王軍の戦力が大規模な侵攻をしてくるまでにどの程度の猶予があると予想されますか?」


「はい、おそらく2~3ヶ月といったところではないかと思われます」


「そうですか、ならば少なくともそれまでにある程度の準備を整える必要がありますね……わかりました、ではまず魔王軍の情報収集、各国との連携の密化、それとそのユイカという娘を隔離しておく事。これらを最優先事項として行動してください」


「し、承知いたしました、早急に取り掛かります。他にございませんか?」


「私とアドルファス……あぁついでにスカー王太子も連れて行きますね、3人は来るべき時の為にしばしここを離れ修行させていただきますね、準備ができ次第戻ってまいりますのでご心配なく……あぁそうだ、バーガ国王には常にこちらと連絡が取れる魔道具をお渡ししておきますのでなにかありましたらこちらへ」


と、突然とんでもない事を言い出した。


「えっ!? 聖人様一体何を言ってらっしゃるんですか!スカーまで連れて修行なんて何のために?!」


あまりにも無茶苦茶な提案を聞いて慌てる国王だったが、エドワードは至って冷静な口調のまま説明を始めた。


「もちろん来るべき決戦に備えてです、魔王軍に対抗するためには戦力の充実が必要となります、そのためには一人でも戦力になる者を鍛えた方がよいでしょう? なので丁度良いのでのこの王太子は連れてゆきます、よろしいですよねバーガ国王陛下?」


エドワードは凍り付くような笑顔でそう問いかける。


「はい、それは構いませんが……愚息がご迷惑をお掛けするのではないかと……」


と、困惑しつつも答える国王。


「問題ありませんよ、子供の性根を叩きなおすのも大人の大事な役目ですからね」


先ほどよりはマシではあるがやはり容赦なく嫌味まじりでエドワードが言う、その言葉にひきつりながらも


「確かに返す言葉もございませんな……聖人様にはご迷惑ばかりお掛けして本当に心苦しいのですが、どうかこのバカモノをよろしくお願いいたします……勿論生死は問いませぬ」


そういって頭を下げる国王。


「確かにお預かりいたします。それではこのまま御前失礼いたしますね」


その言葉と同時にエドワードとすまきにされていた気絶したスカーを肩に乗せて立っていたアドルファス達の姿は掻き消えたのだった。


「えっ!? 聖人様!?」


あまりに唐突な出来事に思わず立ち上がって叫ぶ国王、そしてどうなっているのかと騒ぎ出す大臣達、その中でずっと黙って事の成り行きを見守っていた、肝のすわった剛の者である将軍が笑いだす。


「あっはっはっはっ、どうやら聖人様達は修行の旅に出られたようですなぁ、こうなってはしかたあるまい。陛下!とりあえず我々だけで話し合いを続けましょう、やるべきことは文字通り山のようにございますからなぁ!」


そう言って豪快に笑う将軍。


「うむ……そうであるな、将軍の言う通りだ……では我々だけで会議を続けるとしよう」


国王もまた将軍の言葉で落ち着きを取り戻し、そのまま会議室での激論が始まるのであった。

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