第2話 聖女降臨?

 その日バーガ王国の王宮は大変な騒ぎであった。

国王と宰相、それに重臣達が一堂に会する中で会議が行われたのだ。


もちろん議題は異世界から聖女を召喚する事である。

国王は集まった者達に告げる。

この度、我が国で長年待ち望んでいた儀式を執り行う事が決まった事を。

皆も知っての通り、我が国では古くから魔王による脅威に晒されていた。

しかしここ数年は平和な日々が続いていたのであるが……つい先日、隣国から急使が訪れてきた。

曰く、魔族の軍勢が我が国に向けて進軍を開始したとの知らせがあったと言う。


これはもう悠長にしている場合ではない! こうして急遽、勇者へ祝福と加護を送るための聖女召喚の儀式を行う事になったわけだ。

宰相や大臣達は期待に満ちた目で国王を見つめている。

それもそうだろう。

彼等にとっては悲願なのだから。

だが、彼等は知らない。

自分達の希望となる筈だった聖女は来ない事を……。


◆◇◆


エドワードは今、バーガ国の王様の前にいる。

いや正確には玉座に座っているはずの王様がエドワードの前で土下座をしている状態だ。

何でこんな状況になっているのか? それは少し前に遡る事になる。


……バーガ王国で行われている、幾度目かの聖女召喚の儀を終えた瞬間、とうとう召喚陣が眩しく輝きだした。そして光が収まった時、そこには1人の人物の姿が現れたのだ。

人々は降臨された聖女様と遣わしてくださった神へ感謝の祈りを捧げだす。


エドワードはまず自分の身なりを確認し始めた。

そして周りにいる大勢の人達を見て驚いた。


「ずいぶん大層なお出迎えですね……まぁそれも聖女相手ならしかたないのでしょうね。 はじめまして、今回召喚されましたエドワードと申します」


そう言うとエドワードは皆に向かって礼をしたのである。

祈りを捧げていた人々は聖女の代わりに見慣れない男が立っていたのだから驚きだ。

すぐに周りがざわめき出す。


当然の事ながら、その場にいた者全員がエドワードを知らない。

しかも目の前に現れた男はどう見ても聖女には見えない。

着ているのは上等そうな服ではあるが平民が着るような物に見えるし、腰に差している剣にしても鞘に装飾が施されているだけで、あまり良い物に見えなかった。

そんな者が聖女な訳がない。


誰もが混乱している中、王様だけは冷静であった。

すぐさまエドワードと名乗る男の元へ駆け寄り声をかける。

すると、今まで平伏して祈っていた王様が突然立ち上がった事に驚くエドワードであったが、すぐに笑顔になり、挨拶をする。


「貴方様がこの場の責任者でいらっしゃいますか? なにぶん異世界よりなんの情報もなくまいりましたせいで、この場所の事も貴方様方のこともまったく存じ上げませんので、不作法があるかと思いますがご容赦ください」


その言葉を聞いた王は、少し安心したような表情を浮かべる。

エドワードの言葉遣いは丁寧であり、こちらにかってに召喚されたという嫌味をチクリと刺す程度でとどめてくれているのがわかったからだ。


「いかにも。私がこのバーガ王国の国王バーガ4世である、このたびは召喚へ応じていただき感謝申し上げる。……聖女様いや聖人様とお呼びしたらよろしいかな?」


王は自分の名前を名乗り、聖女ではなく聖人と呼ぶ事にしたようだ。

エドワードは一瞬眉間にシワを寄せかけたが、すぐに元の笑顔に戻り答える。

もちろん内心では(誰だよ、それ)と思っているのだが。


周りの者達は王がエドワードに対して頭を下げた事で驚いていたが、聖女召喚の魔法陣が呼んだのだから男であっても神聖な存在なのだろうと納得し、とにかく今は聖人様に一刻も早く勇者を選定していただかなくてはならない。その為にも王に話を続けてもらう必要があった。


王は改めてエドワードにザックリとではあるが状況を説明した。

それを聞き、エドワードの方もようやく自分がどういう立場に置かれているのかを理解し始めてきた。


(なるほど、そういう事ですか……私は聖人として勇者認定しろという事ですね。……それにしてもこの世界の勇者は現地人が認定されるのですか……それを召喚された聖女に加護をかけてもらい追認してもらうと……どこの世界も勇者システムは歪ですねぇ……)


エドワードは色々思うところはあったが、ここで下手に騒いでせっかくの機会を逃すのはまずいと判断する。

ここは大人しく従っておいた方が良さそうだと判断したのだ。

なのでエドワードはにっこりと笑い、王の問い掛けに応える。

エドワードの笑みを見た王様はほっとした様子で話し出した。

しかし、すぐにエドワードの顔が引きつる事になる。


「おいそこの男! 私の聖女をどこへ隠したのだ!今すぐ返せ!」


そう言っていきなりエドワードに向かって怒鳴ってきた奴がいたからである。

エドワードは怒りで顔を真っ赤にしている男を見た。

エドワードが聖女の代わりに召喚されたと知った瞬間、まるで親の仇でも見るかのような目つきで睨んできた人物である。


「スカー!そなたなにを血迷ったことを言っておるのだ!」


王は激昂しスカー王子を叱咤するが、当の本人は聞く耳を持たない。

それどころかますますヒートアップしていく。


エドワードは思った。

(こいつバカなのですね……。まぁ甘やかされた馬鹿王子というものを自国でさんざん見慣れていますのであんまり新鮮味がありませんが)


空気を読み順当に考えれば、王子を勇者にした方が色々問題がないのだが、さすがにこんなのを勇者に選んだりした日には国が滅ぶのではないだろうか? さてどうしたものかと考えているところに、さらに乱入者が現れる。


現れたのは1人の女性だった。

彼女はエドワードを見るなり、目を見開き驚愕の表情を浮かべている。


「え?なんで男? 聖女ミリアどこいったの?」


女性はそう呟くと、慌てて辺りを見回し始めた。

どうやら聖女を探そうとしているらしい。

エドワードは女性を見て驚いた。

なぜなら彼女の顔立ちが、かつて自国が召喚した勇者と同じ日本人のように思えたからなのだ。


そしてエドワードは気がついた。

女性が面識があるとは思えない大聖女ミリアの名を口にした事を。

エドワードは小声で慎重に女性に話しかけた。


『貴女は日本人なのか?』


日本語で問いかけられた女性は驚愕しながら


『なんで日本語話せるの!? 貴方も日本人?それとも転生者なの!?』


『いや、とある日本人から習った。 今は詳しい話ができるような状態ではないから後日時間をとってもらえないか?』


『……そう……分かったわ。 私も話が聞きたいし、あとで面会申請をだすからお願いね、あぁ私の名前はユイカよ』


エドワードは女性の返事にうなずく。

エドワードとしては日本語を教えてくれたもう一人の師である勇者と同郷の人間と出会えて嬉しくもあり、ミリアの名前を出した疑問も感じてはいたが、まずはこの場をどうにかしないといけなかった。

エドワードは王様に向き直り話を切り出す。


「国王、とりあえずこの場ではなくきちんと話し合いの場を設けた方が良いのではないでしょうか?

王子も興奮されておられるようですし、落ち着いてからゆっくり話し合うほうが真面に話し合いもできるかと」

またしてもチクリと嫌味も混ぜながらエドワードは王へ提案する。


王はエドワードの提案を受け入れ、勇者選定の話し合いはひとまず保留とし、皆を落ち着かせるために場所を移すことにした。

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