異世界から召喚された聖女は眼鏡のおっさんでした。
流花@ルカ
第1話 召喚前のはなし
※一部 私 と わたくし が混在していますが仕様でございます。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
久しぶりに冒険者ギルドへ顔を出したエドワードは職員から声を掛けられた。
「エドワードさん王城からお手紙をお預かりしていますよ」
差し出された封筒を受け取り裏返すと封蝋には王家の紋章があった。
(なんだろう?)
中に入っていた紙を広げるとそこには短い文章が書かれていた。
〈緊急事態につきエドワード殿へ指名依頼を。王城にてお待ちしております〉
エドワードは険しい顔で慌ててギルドを出ると急いで馬を走らせた。
◆◆◆
エドワードは王宮へと向かい門番に取次ぎを頼む。
「あなたは……」
王城の中にある応接室へ通されたエドワードは困惑した表情を浮かべながら、ソファーに座っている人物に向かってそう問いかけた。
そこには先日大聖女を引退したミリアがいた。
「お久しぶりですねエドワード」
ミリアは笑顔のままそう答えた。
「はい。ご無沙汰いたしておりますミリア様」
エドワードは懐かしそうに目を細めた後、姿勢を正して頭を下げた。
「そんな畏まらないでください。今はもうただの老婆ですから」
ミリアは苦笑しながら言った。
「いえ、貴方は師匠の大事な友人であり私の恩人です。今でも尊敬していますよ」
ニコニコと、普段の笑顔とは違う少年のような微笑みを浮かべながらエドワードは答える。
「ふふっ、貴方は変わらないわね……あれから何年たったのかしら?」
「私が宰相を拝命する直前でしたから……もう20年になりますね」
「もうそんなにたつかしら、私もすっかりおばあちゃんなわけだわねぇ」
そういいながらミリアは可愛らしい声でコロコロと笑った。
「それで今日は何用でしょうか?まさか世間話をするために呼び出したわけではないでしょう?」
エドワードは少し真面目な顔をしてミリアに尋ねた。
「あら、やっぱりばれちゃうかしら?実はあなたにお願いがあってきたのよ」
「私にできることであればなんでも仰って下さい」
エドワードは真剣なまなざしでミリアを見つめる。
しかし、ミリアはその視線を受け流すように窓の外を見ながら話し始めた。
その仕草を見てエドワードは心の中でため息をつく。
(相変わらず手強い方だ)
この女性は見た目こそ若いがすでに80を超えているはずだというのに、外見だけでなく所作にも一切の衰えがないのだ。
それどころか年々洗練されていき美しくなっている気さえしてくる。
それはまるで彼女がまだ現役の大聖女であったころと同じように……。
「実はね……前日
唐突にそう切り出したミリアの言葉を聞き、エドワードは驚愕した。
なぜならミリアのもとに来た神託というのは、ほぼ間違いなく【管理者からの警告】だからである。
実はこの世界の名を『ウォルセア』という。
この世界の一部の者は、他の世界と少々異なる事情によりこの世界が誕生した経緯を知らされており、この世界は【神】という名の上位者により管理されているという事実を把握している。
その為この世界の【神託】は、物語や空想などによる創作上の【神】ではなく【実在している世界の管理者からの警告】なのである。
ミリアは少し困ったような顔をしながら説明を続けた。
「ほら……貴方もご存知のようにこの世界【ウォルセア】は境界線が希薄でしょう? だから異世界からこちらへ勇者を呼んだり聖女を呼んだり意外とすんなりできてしまうのよね……今回は反対にこちらから何某かの召喚に応じるように働きかける力が届いてるそうよ……」
エドワードは黙ってミリアの話を聞いている。
彼はミリアが何を伝えようとしているのかを理解したからだ。
それは今回の召喚が、ミリア達聖女にとって非常に不都合なものになるかもしれないということだった。
本来なら異世界から異世界への干渉は、世界のバランスを大きく崩すことにつながる為あまり良いことではないし、管理者たる神によってむやみに界渡りしないように保護されているのだが、今回ばかりはそれを無視する必要があるほどの事が聖女達に迫っているという事なのだ。
「つまり……間を置かずに2度も行われてしまった『勇者召喚』の代償が必要だということですね……」
エドワードは苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべてミリアに確認した。
その言葉を聞いたミリアの顔が一瞬曇ったが、すぐに元の笑顔に戻った。
エドワードは覚悟を決めて尋ねた。
「代償は……ミリア様……もしくは聖女複数名の異世界への渡り……といったところですか?」
するとミリアは静かに首を縦に振った。
そして悲し気にこう告げた。
「私が行くのは構わないのだけど、もう年ですから力も満足にふるえません……だからといって他の若い聖女をだれも知らない、帰ってこられるかもわからない場所へ行かせるのはしのびないわ……」
エドワードはミリアが他の聖女の身の安全を優先したいのだと気が付いていた。
そんなミリアに(さすがお師匠の親友だ)と内心苦笑いがこぼれる。
「では、私が行きましょう」
エドワードはミリアへ笑顔で答える。
「まぁ! こんなおばあちゃんと異世界へ旅立ってくれるのエドワード? 流石にこんなおばあちゃんにエスコートは必要ないわ。 ……でもお迎えだけお願いしたいのだけどダメかしら?」
いたずらっ子みたいな笑みを浮かべてミリアが問いかける。
その様子にエドワードは苦笑するしかなかった。
ミリアは昔からエドワードをからかいたがるところがあるのだ。
大聖女として生涯を独り身で過ごしてきたミリアは、親友の弟子であるエドワードを息子の一人のように思ってくれている事をエドワードは知っている。
「いいえ。今回はお留守番をお願いいたします」
エドワードはそう言うとミリアに頭を下げた。
ミリアはその行動に驚き、慌ててエドワードに頭を上げさせた。
「何を言っているのエドワード! あなた一人で行かせるなんてできないわ!」
ミリアは必死の形相でエドワードに詰め寄った。
そんなミリアを見てエドワードは少し微笑むと、
「ご心配頂けるのは大変うれしく思いますが、大魔導士の直弟子である私一人ならば、どこの座標に飛ばされても帰ってこられます。 それにミリア様がご心配されている向うの世界の問題も解決してまいりますので大丈夫ですよ、すべて私にお任せください」
優しく諭すようにミリアに伝えた。
「エドワード……あなた
ミリアは驚いた顔をしてエドワードに尋ねる。
エドワードは優しいまなざしでミリアを見つめると、 ゆっくりとした口調で語り始めた。
その昔、ミリアがまだ大聖女と呼ばれる前、彼女がまだ聖女であった頃、大魔導士と勇者三人でどことも知れない異世界へ飛ばされてしまった事があると聞いていた。
その時の異世界はとてもひどい状況だった。
そして、当時のミリアはまだ若く未熟で、帰還するまでに出会った異世界での様々な苦難が彼女の心に深い傷を残していたと大魔導士から聞いていたと。
そんな経験がミリアを再び異世界へと向かわせる動機になっていたのだ。
ミリアは、自分がなぜ異世界に行きたがっていたのかをエドワードが知っていたことに驚いた。
「そう……ばれちゃってたのね!わたしったら恥ずかしいわ……」
そう言って照れくさそうに笑うミリアの瞳には涙が浮かんでいた。
エドワードはそっとハンカチを差し出す。
ミリアはそれを受け取ると目元を拭い、笑顔になった。
エドワードは話を続ける。
「その時も帰還にひどく苦労されたと伺っています。 その経験を活かし我が師匠はどんな世界にいっても帰還できる方法を編み出しました。 ただ、この呪文は神聖魔法持ちとの相性がとても悪く聖女様方にはとてもおすすめできません。 なので今回はお留守番をお願いしたいのですよ」
エドワードは笑みを浮かべミリアへ説明した。
その説明を聞きながらミリアは、
(あぁ……この子は本当に……)と心の中でつぶやき、嬉しそうに微笑んだ。
「分かったわ! 今回は大人しくお留守番します! ……だから無事に戻ってきてちょうだいねエドワード……そして無茶なお願いをしてごめんなさいね……」
そう言うとミリアはエドワードに抱き着き、彼の胸に顔を埋めた。
エドワードは驚いたが、そんなミリアを苦笑しながらそっと背中をさすった。
突然ミリアの体から白い光が発せられて、エドワードの胸の中へそっと吸い込まれていった。
「ミリア様! これは……」
驚くエドワードにミリアは得意げな笑顔を向ける。
その笑顔はどこか晴れやかなものだった。
「ふふふ……ビックリした? お守り代わりに貴方に【加護】つけてもらったわよ!」
胸を張って得意げに話すミリアにエドワードは苦笑いをするしかなかった。
ミリアはエドワードから離れ居住まいを正すと、 真剣な表情でエドワードを見つめる。
「おそらく次の召喚は1週間後です……エドワード、よろしく頼みます」
「必ずやりとげて無事に帰ります」
ミリアの言葉にエドワードは力強く答えた。
―――こうしてエドワードは異世界へ行くことになったのである。
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