おしまい

 魔法使いはその国で一番えらい魔法使いだったのだけれど、異世界から勇者を召喚するのは非常に手順が面倒くさかったので、そこらへんの村からちょうどいい少年をつれてきて適当に記憶をいじることにした。

 そもそも個人的な感想になるけれど、国同士の戦によそから人を連れてきてそいつに全部まかせるというのはひどい話で、だいたいその勇者の役割は象徴的なものであったからまあ存在すればだれでもいいんじゃないか。しかしそれなら勇者に仕立て上げられたその個人は悲惨ではないかといえばそうではあるけれど、そのためにいちいち同意をとるのもやっぱり面倒だったので、ランダムに選べば天災のようなものだと諦めれてくれるだろうと魔法使いはそう思うことにした。

 彼は善悪についてあまり頓着のない方だったからそういうことを考えて、そしてそういうことをやった。その結果魔法使いは人々の望むとおりの勇者を一人したてあげることに成功して、あとはまあみんなのやる気次第になった。魔法使いはといえば自分の仕事は終わったことだし、これ以上の面倒事にはまきこまれたくなかったので、静かに身を隠して暮らすことにした。幸いにしてその準備はすんでいたし暇をつぶすのにちょうどいい研究材料もあった。

 それで勇者の方は自分のことを本当の勇者だと思ってるから、勇敢に戦ってその周りの人たちも彼を勇者と信じているから勇猛に戦った。もともと求められていたのはそういう団結だったから、戦況はぎりぎりのところでひっくり返って決着はついた。その後の小競り合いもすんだころにはだいたい十年の時が流れていた。偽の人生を送っていた少年はすでに青年になっていて、政治の中枢からは若干疎ましく思われるような時期にさしかかっていた。背景を持たない人間だからしかたのないことだった。

 魔法使いはおおよそそのあたりのことまで予測していて、そのまま政争によって殺されるのはさすがにかわいそうだと思ったから、自動で魔法が発動するように仕組んでいた。それはあたかも召喚の期限が切れたから人々の前から勇者が消えるという魔法だった。残された人々の方はそれで彼に感謝し祭り上げることになったし、そうして元勇者は魔法使いのもとに転送されて、さらに偽の記憶を上書きされて魔法使いの弟子となった。彼の身についた実力は本物でそのまま放り出すのは危険がすぎたから。

 ここまでは魔法使いの考え通りだったのだけれどここで問題が発生した。元勇者は成長しすぎていたのだ。彼は獲得した魔法耐性によって魔法使いの魔法をすべて打ち破りそうしてこれまでの記憶をとりもどした。彼はただの孤児であり勇者であり魔法使いの弟子であるその三つの人格を同時に自覚した。いろいろな感情が湧き上がってけれども彼は衝動的に動くことを自制した。自我の混乱の中で彼は自分の本当にやりたいことを探した。

 魔法使いはそれらの心の動きを理解していた。彼は弟子に言った。お前の思うようにすればいい。お前には自分で感じて考えて判断を下しその結果を受け止める力がある。私を殺したいなら殺せ。それでいくらか気も晴れるだろう。その言葉は魔法使いにとって本心だった。あるいは彼自身、弟子の魔法の解けることを望んでいたのかもしれなかった。さすがに三つの記憶をもった複雑な人格の行動を読み切ることはできなかったがどういった結果に行き着こうが構わないと思っていた。

 弟子は魔法使いのもとを去った。残された魔法使いは彼の心の動きがどういったものなのかよくわからなかった。わからなかったので考えるのをやめた。そうして魔法使いは魔法使いとしての生活をつづけた。彼にとっての仕事がようやくこの時終わった気がした。元魔法使いの弟子にして元勇者は旅にでた。世界をまわりながら自分の生き方について考えようと思ったのだ。幸いにして勇者はすでに消失したと人々の記憶に刻まれていたからだれも彼がその本物だと気づきはしなかった。

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