小指を落とす
左足小指に甲のほうから刃をあてがう。痛みはない、するどい冷たさがある。理論上はただしいが、さてその理論がただしいかわからないし、その理論とこの現実が適合しているかもいまいち信用できない。けれどもこうして実行にうつそうとしているのは、単純な楽観主義もあるがそれ以上に、うしなうものの小ささによる。というのはいささか虚偽のまじった言動ではある。逆に現状わたしはそのものの価値というのを十分にはかりきれてはいない。必要がないということがただちに不必要にむすびつくかといえばそんなことはない。それでは世界すべてが必要と不必要に分類されてしまうじゃないか。そうきれいにはわりきれまい。必要でも不必要でもないものがたくさんあるはず。そういうわけだから必要でないものを不必要、不必要でないものを必要とするのは論理的でない、というよりも困る。どちらかというとわたしは自らの必要について否定的であるが自らの不必要については否定的ではない。行き着くところはわたしの不必要であり、自動的にわたしはわたしに対して廃棄処分をくださなくてはならなくなる。けれどもそれではここにわけのわからないものばかりがあふれてしまって、なにがなんなんだか判別がつかなくなる。あきらかに不必要なものをとりのぞいても必要があいまいにおかれているわけで、なにがなんだか混乱してきて、これもすべては必要とも不必要ともつかないもののせいらしかった。体重をかけるとやはり痛んだ。麻酔などという代物にもちあわせはなく、気休め程度にバファリンを十錠ほど飲んでみた。ぎりぎりと力をくわえてゆく。肉に薄い鉄の食いこんでくるのが感じられる。さすがに骨を断ちきることはむずかしいだろうから、うまくその隙間を通ってはくれないか。指先にふりかかるぬるぬるとして熱いなにかははねっかえりの血液のようだ。いつまでも終わりは訪れない、刃先は床を叩かない。ためらいがある、おそらく。わたしの痛覚がわたしの運動をはばんでいる。きわめて簡略化された絵図が頭に思いうかんだ。ぎりぎりと食いこませているつもりではあっても、それが現実に行われているのかはっきりつかめない。神経はむやみに痛みを訴えるばかりで、運動はもしかすると脳の中でだけ行われているのかもしれなかった。
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