人に似ているが人ではないものが殺される話
「詰みです」
女は静かに告げた。さびれた教会、月あかりがさしこむ。男は肩をすくめた。膝をつきすぐには身動きがとれない、脳天にはまっすぐに銃口がつきささる、あとはただ女がその引き金にかかった細い指をうごかしてやるだけでいい。
投了は、ない。どちらか一方の消滅をもってしか、このゲームは終わらない。双方がその事実を理解している、はずだった。
「まったく君には向いてないよ、こんな仕事は」
終焉がむやみにひきのばされているのなら。その隙間をうめるには、無意味な言葉がふさわしい。男はただひとつ体の中で口だけを動かした。
「人外なんてものは、まったくの情け容赦なしに、あっさりと始末をつけてしまえばいいんだ」
女は、黙っている。くるしそうにあえぐかのように。言葉を発そうとして、みずからそれを押し殺して、喉を想いのかたまりがふさいでいた。
逆転はありえない。極限まで追い詰めたとしても、どこかに彼女は一片だけ、譲れない部分を残す。今だって男が口以外を動かせば、即座に銃口が火をふくことになる。
「冷徹に冷酷に怜悧に、まるで一個の自動機械みたいに、おそろしく単純な判断基準だけでもって、殺しつくす。それが君のやるべきことだ」
男は思う。自分はいつになく饒舌だ、そして本当に無駄なことをしゃべっている。思考がへんにクリア。そんな感覚だけがあった。
「僕は、君の、敵だ。だから純粋に物理的に殺し合うことだけをすべきだったね」
けれどもそれはできなかった。男と女の間に交わるところがあったからこそ。彼女の一片ゆえつながることなどありえなかったとしても。
「呪いをかけてあげよう、いや、あるいは祝福……かな」
幕引きはシンプルに。男は短い呪文をとなえる。女は妨害することをしない。男はそれが女の答えだといいと思う。女はしかしそれ以上には本当に何もしてはくれない。
精密に高速に、女の人差し指は、機動した。
好きだった、好きだったんだよ。たとえ二人の間に交わされるものが、殺意だけだったとしても。本当の本当にどうしようもなくこれで終わりなんだね。
すでにその言葉は女には絶対に届かないものだと男は理解していた。奇妙な、わけのわからない、鳴き声にでも聞こえていることだろう。それでいい。
もしかすると――死ぬこと以上にその感情の交換が終わってしまうことが、なによりもかなしいことなのかもしれなかった。
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