ザワザワうるさい森の中でパチパチ弾ける焚火をながめながらグイグイ飲む酒が世界で一番うまいのだ
今年は粘睨海で各種魚が大量に獲れたという話を聞いたから仕入がてらそちら方面に足を運ぶことにする。いい感じに取引がまとまれば当分の間はそれで楽に暮らせるだろうという算段だ。幸いなことに天気は晴れで遠くの空を見ても綺麗な青色で何日かは崩れることはなさそうだった。
山並街道を下っていって余儀沢あたりで一泊しようかと考えていたところ木々の間で何かがむにょむにょと蠢いているのが見えた。それは森海月の大群でそんなものは見たことなかったからはじめはギョッとしたけれども今日の晩飯は何にしようかとちょうど考えていたところだったから「しめた!」と思った。
正式名称は足無棘無森海月擬。擬とついているように海月に似ているがそれとは全然違うものらしい。人間に対する攻撃性はあんまり高くないと言われているが森の近くで寝泊まりしていて外に鍋やらフライパンやらを置きっぱなしにしておいたら朝にはグズグズに溶かされていたなんてのはよく聞く話だ。
深入りすることはせずに藪から押し出されてきた1匹に狙いをつけると片持ちスベ槍を手に油断せず間合いを測る。森海月を仕留めるコツは目をそらさずにギンと睨みつけたままためらわずに一撃で鋭く核を突き刺すことだ。やたらめったら斬りかかるのは繊維が千切れてよくないのである。
7匹ほど自分の食う分だけ狩ってしまえば後のことは知らない。無責任だと言うなかれ、数の調整だのなんだのは旅の人間が余計なちょっかいを出すことではない。だいたい森海月なんてほっといても他の魔物が食い散らかしてくれるはずだ。
数日たてば自然と地面に溶けて消えるなんて噂もあるがそこのところは真偽不明である。雨に降られたらそれだけでもうおしまいだというのはさすがにそれは嘘だと思っている。逆に生きている間は水を吸って体積を膨らませるのだという説もあるぐらいだがそっちの方がまだ信用できる。
近くの川で森海月を洗う。冷水にさらしてやることで身がキュッと引き締まっておいしくなる。熱を加えると表面がはがれて流されるうえに肉が縮んでしまってあまり好みではない。じっくり天日で干してやるのはあれはあれで好きだ。ダシがよく出るからスープに入れるとこれがうまいのである。
そこらに生えてたゲロゲロ草を刻んでこれでもかというぐらいに森海月に乗っける。その上からさらにポン酢をじゃぶじゃぶと惜しみなくかけてやれば完成だ。旅先だからとケチってはいけない。生森海月はその場で仕留めてその場で食う勢いまかせの冒険者料理なのだから。
冒険者料理の醍醐味とはつまりいい加減にざっくりやってなんかおいしい感じになるところである。繊細で気を使いまわした味付けなんてのはまったく似合わない。そんなのは自分の家で暇が有り余っている時にでもやってればいい。
もにゅもにゅとした面白い食感でよく噛んで味がしなくなったら飲み込んでやる。ずるずると食道をすべっていくのど越しも楽しい。殺しきれてなかった森海月が腹の中で目覚めて食い破ってくるなんてことを想像するがそんな話は金輪際聞いたことないから心配しなくていいことだ。
買っておいた辛口のキリッとした蔵替酒が実によくあう。ザワザワうるさい森の中でパチパチ弾ける焚火をながめながらグイグイ飲む酒が世界で一番うまいのだ。それは大声で叫びたくなるようなうまさでなくて一人飲みながら心の中でシミジミ感じるうまさである。
じゅっずくずじゅっずくずがりがりむしゅむしゅしゃーわしゃーわのすのすのすべったらりこべったらりこぎーしゅぎーしゅぎーしゅしゅるりしゅるいりみしみしみしがっごすがっごすずーんずーんどーんこーこーかっかーこーこーかっかーひゅいーん。
黒い森の中では今でも100万匹を超える森海月がうにょうにょと這いずりまわって草を食ったり鼠を食ったりしているのかもしれない。ザワザワと聞こえている音のうちどれか一部がその音であるのかもしれないし、ないのかもしれない。森海月のことを人間はあまりよく知らないのである。
焚火の始末をつければ横張テントの中でごろりと横になる。酔いがいい感じに残っていてざわめきが気にならない。そのままぐっすり眠った。森海月の夢を見たような気がするけれど詳しいことは忘れてしまって何一つとして思い出せない。
翌朝、残った森海月に酒を加えてつけこんでおく。これも3日ばかりじっくりと味を染みこませてやれば相当にうまくなる代物だ。実のところこれを書いている時点ではまだ手をつけてない状態で書き終えたらそいつを肴に晩酌としゃれこもうかと考えているところだ。
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