凧の短い冒険
曇り空の上を凧が一匹すーっと滑って消えた。それは雲に飲まれたのかもしれないし、あるいは目で追えないほどに速く落下していったのかもしれない。残念ながら僕にはそれを確かめるすべがない。だからこれから語られるすべては僕の空想である。しかしだれにも真実を確かめようがないのであればそれが事実であろうとそうでなかろうとどっちだっていいことだろう。少なくとも僕はそう思う。
凧が自身の存在を理解したのはちょうど糸が切れた時だった。その時から凧は自分が凧であると考えるようになった。そうして次に考えたのは自分は今、風に乗っているということだった。糸が切れて自由になって凧であるという自覚を持って、すぐには落ちないだろうということ、それをうれしく感じられた。理屈の上ではいずれ落ちることもわかっていたがそれは飛んでいるその時には考える必要のないことだった。
風に乗って、風に乗せられ、凧は雲の中へと突入する。そこではボロボロの凧が一匹ふらふらと舞っていた。どうやらボロボロはずっと雲の中を飛び回っているようだった。ボロボロは新米凧に気づくと問いかける。君はどうしたい? ずっと落ちずに飛び回っていたいのか? それともどこか目指す場所があるのか? 凧はそれにどう答えればいいの変わらなかった。なぜなら答えを自分の中に持っていなかったから。ボロボロはつづける。疑問を持つことを忘れてはいけない。たとえ僕たちが風に乗って、乗せられているだけの存在だったとしても。目的を見失っては飛びつづけることさえできなくなってしまうからね。
凧が雲を抜けた時そこははじめよりずっと高い場所だった。くるくるくると回りながら自らが上昇していくのを感じていた。自分の目的は何か? 再び問いかけてみたが答えは返ってこない。上昇速度がだんだんと落ちていくのがわかる。空気が薄い。多分この辺りが凧にたどり着ける限界なのだろう。はるか遠くで太陽が見下ろしていた。凧は尾翼をひねってみた。少しだけ体が上がったような気がした。左翼を動かす。ふわりと浮き上がる。もしかするともっと、もっともっと上へと自分は飛べるかもしれない!
それ以上はいけない。巨大な手が凧を抑えつけた。太陽の真ん中に真っ赤な目が開いて凧をみすえる。君はそれ以上の高度に進行する許可を与えられてはいない。声はそう繰り返した。自分がその場所で完全に停止していることに気づいた。上昇することも下降することもない。風に乗ることも乗せられることもない。ただ腕によって捕まれその場に閉じ込められていた。凧はもう一度だけ問いかけてみることにした。自分の目的は何か?
体を大きく動かせば腕は跳ね除けられ凧は高く高く飛び上がった――そうして凧は燃え尽きて空に消えた。僕の手の中にあるビニルの破片はきっとその残りだ。
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