ひとくち怪談
〇近所に汚い焼鳥屋があった。ばあさんがあの店は人の肉を焼いていると言っていた。ずいぶん前にばあさんも死んだしその店もつぶれた。
〇夕暮れ時にふらふら歩いていたところ前から幼女がやってきて人差し指をくれと言った。いやだと答えたら「けちんぼ」と吐き捨てて幼女はどこかへいってしまった。
〇歩道橋を歩いていたら後ろから誰かが走ってきて追い抜いたと思ったらそれは男子中学生で柵を飛び越えると落ちていった。慌てて車道を覗きこむもその痕跡は何も見つからなかった。
〇だいだい色の人がやってきて握手を求めた。きっとその手は熱いだろうなと思ってやめておいた。だいだい色の人は去っていった。なんだか悪いことをしたような気がした。
〇夜中の住宅街にて雨も降っていないのに傘をさしているおばさんがいた。大きな青い傘だった。すれちがいざまに低い声で童謡らしきものを歌っているのが聞こえたがよくわからなかった。
〇山の中に鉄塔があってそのてっぺんが木々の間から見えたのだけれど大柄な白い猿のようないきものがつかまっていてぶんぶんと腕を振り回していた。落ちそうだなと思ってみていたけれどもいっこうに落ちなかったので見るのをやめた。
〇小学生の頃友達の家に遊びにいったら屋根の上に赤いオオカミみたいなのがいて遠吠えをあげていたがその音は聞こえてこなかった。帰る時にもう一度屋根を見たけれどもいなくなっていた。
〇歩いていてふと足元がぶにょりと生肉でも踏んだような感触がして、戻って足で探ってみると一部分だけアスファルトが柔らかくなっていた。熱を加えれればそんなふうになるのだろうか知らないけど、次に通りがかった時にはそれがどこなんだかもうわからなかった。
〇いっこうに仕事が終わらなくてふと時計を見れば何かがおかしくてなんなんだろうかとじっと見てみれば逆回りしていた。なぜだろうかと考えたところで答えはわからないし、そんなことをしていても仕事は終わらないので考えないことにした。
〇寝る前に冷たい水を飲んだところ急に意識がさえわたって網戸の網目のひとつひとつがくっきりと見えた。それはほんの一瞬だけのことですぐに網戸は背景の一部になっていた。
〇近所に新しくできたパン屋にいったのだけれど入るなりひどくどぶ臭い匂いがした。店員や他の客はそんなことはまったく気にしていないようだった。耐えきれなくなってすぐに店の外にでればもうその匂いはしなかった。そのパン屋は今も普通に営業している。
〇10メートルほど先をやけにうつむいて歩いている男がいた。その様子はなんだかへんで立ち止まって目を凝らしたところ彼の背中には黒い靄のようなものが乗っていた。途中で道を曲がって別の方向に行ったから彼がどうなったのかはわからない。
〇便器に座っていたら不意に足元がぞわぞわした。驚いて足を上げたらマットがうにょうにょ動いていた。思い切って踏みつけてみると止まった。めくってみるも何もなかった。
〇コインランドリーにて動いている洗濯機の前を通り過ぎようとしたところ何かが気になって覗きこむとぐるぐると生首がまわっていた。目が合うとその生首はにやりと笑った。仕方がないので洗濯はしないでそのまま帰った。
〇サンマが空を飛んでいた。秋だったからそういうこともあるのかなとその場では思ったけれど、秋だからと言ってそういうことがあるものではないと思ったのはそれなりに時間がたってからのことだった。
〇熱で頭がぼうっとしていたから薬屋の店員がつらつら説明してるのを聞き流していたのだけれど不意に彼女は死にますと言った。なんだろうか聞き間違いかなと思ったけれどやたらはっきりとその言葉だけが耳に残っていて、けれども聞き返すのも面倒だったので帰ってそれを飲んだけれど別に死ななかった。
〇古いアパートに一人ぐらししてた時のこと、玄関の扉を開けて外に出ると女が立っていた。年齢は30前後と言ったところで顔立ちは整っていたのだけれど、何というか生気がなくて綺麗だとかそんな風には思えなかった。おはようございますと一応挨拶はしてみたがなんの反応もなくて、そのままでかけていって帰ってきたらもういなかった。
〇三毛猫が歩いてやってきて赤い珠を大事にしなさい、あれはとても素晴らしいものだからと言った。その猫とは今もたまに会うことがあるが、話を聞いたことはその時の一度だけだ。
〇急降下してきたハトがそのまま地面に潜っていった。また出てくるかもしれないと少し待ってみたが出てこなかった。通りがかるたびにそのあたりをながめてみるが出てくるのをまだ見ていない。
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