グランドフィナーレ

 もっと別の出会い方をしていたならば、もっと別の結末もあったはずだった。つまらない仮定だろうか? イエス。その通りだ。だったら忘れろ。余計なことなんて考えてるひまなんてないだろう。

 彼女の刺しだす剣が、僕の頬をかすめていった。ぴっとはじけるように熱が飛びだす。血だった。またひとつ僕は自らを構成するものを失ってゆく。少しずつ終わりに近づいてゆくのがわかる。だというのに、なぜだろう、僕は同時にうれしくてたまらなかった。

 手の中にある無骨な大剣を横なぎにふりはらってやる。思いっきり手加減なしに全力で、両の腕にありったけの力をこめて。筋肉のちぎれる音が聞こえた。それでも僕は構わなかった。彼女と踊りつづけることができるのならば。

 甲高いうめき声が戦場に響きわたる。鋼鉄の鎧をものともせず、大重量の鉄塊は貫き抉り、彼女の肉をもこそぎとる。たらたらとむきだしになった傷口から血潮が流れだす。ああそうか、それでも君は退くことをしないか。そうだろうな。青い瞳は純粋殺意に輝いている。

 誰の邪魔も入らない。戦場の中心でありながら。踊るのは僕と彼女のたった二人だけ。なぜこんなことになってしまったのか。そんなことはいまさらどうだっていいんだ。大切なのはただ僕は彼女といるこの時間をひどくいとおしく思っていること、そしておそらくそれは彼女も同様であること。それだけ。

 けれどもそんな幸福な時間も長くはつづかないようだった。あたりまえのことだ。互いが互いを傷つけあう、疲労困憊、傷口は数え切れるほどの数ではなくて、むしろ血に濡れてない部分のほうが少ないぐらいで、戦いはすでに技術の介在する余地をなくして、意志だけで僕らは殺しあいをつづける。

 ぐるぐると世界がまわっているような。世界と僕と彼女と、三つの境界があいまいにまじりあってゆく。色彩が侵食される。すべてがすべて歪んで見える。確かに感じられるものがあるとすれば、それは彼女の浮かべる美しい瞳の色、そこに宿る僕に対する混じりけのない排除の意志。なんて綺麗!

 いったいどこで間違えたのか。なぜこんな結果にたどりつかなくてはならなかったのか。最初からだ。生まれてくるのを間違えた。もっと違った生まれ方をしていたならば、もっと別の死に方もあったはずだった。最悪な初期条件、そこから自動的に事態は進行していき、今に至る。

 誰が悪いのか。僕か彼女か。僕らをとりまく環境か。あるいは国家というような輩なのか。それともこの国家の集う、その組織を是とする、世界の仕組みがためか。人間が存在することか。世界が存在することか。創造者? そうだなそいつがいるんだとすれば、そいつのせいにしてくれたっていい。バカが。

 すこしだけ、ほんのすこしだけ、始まりが違っていたとしたら。僕と彼女は出会わなかったかもしれない。そんな世界もあったのかもしれない。だったら最高じゃないか、今は。これ以上に素晴らしい時間がありえただろうか。決してありえなかった。僕には断言できる。

 僕らは踊らされているだけなんだ。どのような始まりであったにしろ極めて自動的に音楽に合わせて逆らうことなどまるで念頭に置かず、逆らうことがあったとすればそれすらも舞踊のうちでしかなく、踊り踊り踊る。楽しいことは踊っていること、悲しいことは踊りの終わること。

 僕か彼女かどちらかが先にくたばってそれでおしまい。二つの結末に根本的な違いはない。僕が死ねば彼女は僕を忘れられない。彼女が死ねば僕は彼女を忘れられない。似たようなものだ。運動は僕らの支配下にはどのみちないのだから。

 信じられるものがあるとすれば、欲するものがあるとすれば、感覚そして感情。終わる。

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